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プロローグ 3
ユーヒの容態が回復すると、石牢に入れて、すぐに取り調べを開始した。
しどろもどろな言葉はこの世界のもので、魔力はなく、さらなる情報が浮上することはなかった。聖女との面識もなく、一旦は魔法省の判断に任せようということとなった。羊皮紙にことの次第を書き記し、使い魔である魔鳥の足にくくりつけて送ると、すぐに管轄の在留管理局から返信が届いた。とりあえず、審議には時間がかかりそうだという一報を受け、石牢からユーヒを解放した。そして郊外にある屋敷に招き、男に部屋を与えてやった。
監視という名のもとだったが、次第に二人は打ち解け、時間を追うごとに親しくなっていった。寝食を共にしながら穏やかな時間を過ごし、いつのまにかユーヒと親しく口を交わす仲になった。
ローエンの両親は先祖代々から引き継いだ銀行業に忙しく、ほとんどの使用人を連れて、近郊の街屋敷に居を移していた。
そのせいか、広大な敷地に囲まれた、瀟洒な屋敷はほとんど二人暮らしといってもよかった。世話役に執事が父上の屋敷を辞めてきてくれて助かったが、少ない使用人たちとのびのびとした暮らしはいまでも忘れられない。
ユーヒは抜けたところはあるが、穏やかな性格をしている。なぜか、惹かれてしまう。
ドラゴンのペレンスを紹介すると、存在に驚いていたが、ユーヒに珍しく懐いてかわいいな笑顔になって巨大な頭を撫でていた。ペレンスは近づくと匂いだけでユーヒとわかるようになり、海まで飛んだり、泳いだりと遊び相手にもなった。
だが肝心の魔法省からはなんの通知もこなかった。彼をどうするか手に焼いているようだった。審問の書面が届くのに時間を要し、ローエンは優秀な魔法弁護士を雇い、不当な扱いがされることがないように手を尽くした。
恐れ多かったが、ロワジャルダン団長に相談したところ、奥方がギルド商会を通して、魔法省の知人にかけあってくれた。しばらくして魔法省から通達が届き、ユーヒは無罪を言い渡された。
どうやら召喚されたときに身につけていた、スーツという奇妙な服と聖女の証言が決め手となったようだ。
やっと頭を悩ませていたことから解放され、二人は乾杯をして祝った。ローエンはユーヒとともに街にでて、奥方の店にて魔法石が埋め込まれた指輪を贈った。人魚の涙という奇跡の石だ。
『ローエンのおかげだよ。ありがとう』
そうほほ笑みかけられて、ドギマギと緊張する自分がいた。恋なんてしたことがなかった。それに自分はなにもしていない。、彼のためになにかをしたい。その思いで各方面に協力を求めただけだ。
『ローエンはすごいよ。いつかみんなを支えて、この国をひっぱってくれそうだ』
ぎゅうと胸をつかまれた気分だった。
奇しくも、マベール王子もユーヒを気に入ったらしく、リオの無罪がわかると毎日のようにローエンの屋敷を訪れた。
単なる好奇心というより、どうも本気にみえてならない。王宮図書館から様々な書物を持ち込んで屋敷にくる当たり前となり、ユーヒの姿がないとむっつりと頬をふくらませて王宮に返す毎日だった。
ローエンがペレンスを伴って魔物討伐にいくと、二人で書斎にこもり、連泊していると聞いたときにはどうしてか胸がチクリと痛んだ。そして執事のエドウィンから二人の報告を耳にするたびに意味もなくムカムカした。
『ユーヒ、この国は同性婚もできる。その、つまり……。おまえは王子が好きなのか?』
ある晩、ありえないと思いつつも、ローエンは思い切って、ユーヒに訊いた。問いただしたといってもいい。
寝室に押し入って、敵の陣地に乗り込むような顔になっていたせいか、ユーヒはぽかんと口を開けて、読んでいた本が閉じ、クスクスと笑った。
『王子にそう言われたけど、彼はまだ子どもだよ。とくにドラゴンが好きで、ペレンスが気になるらしい。あ、でも、おれはローエンが一番好きだ』
思いついたように言われて、その言葉に驚いた。身動きすらできなかった。おそらく背後から攻撃されていたら、一撃でやられていたかもしれない。
ユーヒに頬をつねられて、ローエンは華奢な身体をつよく抱きしめてキスをした。驚いた。そしてうれしかった。
いままで以上に愛に満ちた人生はなかった。
ユーヒとはなんども逢瀬を交わして愛し合った。
ただ、一度だけ怒られたことがある。太ももにあるホクロだ。そこに幾度も口づけをして、自分のものだと濃いしるしをつけた。あらぬ場所にもあったが、そこにキスすると顔を赤らめてますます愛しさが増した。
それと、たまにユーヒはおかしな仕草をしたり言葉をしゃべったりする。セイザという座り方をしたり、客人が帰るとき、ユーヒは手を振ってサヨナラと口にしたりするのだ。
サヨナラとはなんだと訊くと、
『ああ、お別れの言葉だよ。バイバイってもよく使うかも』
最後のときに使うんだ、とユーヒはつけ足すように教えてくれた。似たような挨拶もあるが、この国では永遠の別れにつかう。神妙そうな顔をしていると笑ってキスされた。
『……そうだな。できれば、ローエンとはサヨナラしたくないな』
悲しそうに言うので、その唇にキスを返した。それから、ユーヒは妊婦の聖女の代理を務めるようになった。そのころ西の国との情勢はますます険悪になっていまが、翌年には聖女が王太子と結婚した。国中が歓声を上げて祝い、色とりどりの花束が飛び交った。神のお告げのとおり、この王国は永遠に繁栄していくだろうとだれもがその言葉を信じた。
その数年後、西の国との戦争の火蓋が切られた。
王妃が亡くなり、聖女が西の国の皇子ともに姿を消したのは、すべて隣国のせいだという噂が流れまことしやかに囁かれた。
醜聞な噂に、王は西の国に大規模の師団を送り込もうとしたが、その為には荒れ地を横切らなければならない。一本の道だけを通って進軍しなければならず、それはあまりに危険すぎた。
山道は狭く、歩兵師団を送り込んでも、多くの補給物資を運べず、人員も限られる。峠やトンネルなどを抑えられたら、敵から足止めをくらう恐れもあって、いくつもの道を利用して山岳を越えなければならない。ともすればむこうで合流し、大きな部隊として運用する必要がある。
そこで、先遣隊である竜騎隊を送り込み、その下を様々な道を通ってそれぞれの師団が進軍して、敵を誘導する。もちろん、神の子としてユーヒも戦地に連れていき、荒れ地にむかうこととなった。
そしてロワジャルダン団長は一本の道でまかなえる程度の大きさに隊をわけ、急げば二日ほどでかけつけられる程度に離れさせて進ませるようにした。
だが、予定通り進軍できたものは少なかった。西の魔女が放った間諜たちが、すでに王宮を支配していたせいか、あらゆる行く手を阻まれてしまった。
敵の妨害や、案内人の裏切り、天候の悪化や川の増水などさまざまな妨害により進軍が困難になった。進軍路をまちがえ、道沿いの村から反感を買って、物資を現地調達できずにいる隊もあった。
ローエン率いる竜騎隊は空路を無事にたどり着いたが、そのため予定通りの時間と場所に、全軍が到達できなかった。
なんとか敵軍の背後へ回りこんで、包囲を行うことはできたが、軍団長たちは死亡し、魔法軍は実質的に壊滅状態に陥る。
ローエンはわかっていた。ユーヒにはなにもできない。魔法も使えず、マナもわずかしかない。この戦いで神の子を失っても、そういう運命だったと片づけられてしまう。
……ユーヒは殺させない。
もし自分が先に死ぬのなら、ユーヒを元の世界に戻そう。
命と引き換えに得た闇魔法はどす黒く、魔法を放ったものは穢れに侵され、己の命を貪る。命ある限り、闇にて蝕まれて次の生贄を探し続ける。
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