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第5話

     *  オメガ専門の風俗ともなると、オメガを組み敷くことに悦楽を覚えたベータの客も少なくはない。  アルファに頭が上がらない彼らは、オメガを相手に鬱憤を晴らすのだ。あまりに乱暴なことをすれば出禁になるために、ギリギリのプレイと思わせる。麻陽なんかは華奢で小さいから標的にされやすく、過激なことも多く求められてきた。  その日も麻陽は、ベータに乱暴に抱かれた。  禁止事項である中出しをして、自身が射精をしても動きを止めない。麻陽は縛られさらに口元にガムテープまで貼られたから抵抗もできず、奥に何度も出された。  客は部屋を出る直前で麻陽を解放した。そうして追加で口止め料を置いて、部屋を出て行った。  そんなことをされても、麻陽にはまったく堪えない。  麻陽はいつもと変わらないペースでシャワーを浴びると、時間を確認して部屋を出た。  出る直前。部屋に飾った花を見て、少しだけ心が和らぐ。 「あっちゃん? これからお出かけ?」  ロビーに居た男が声をかける。時刻は二十一時前。出掛けるにしては遅すぎる時間だ。 「うん、ちょっと約束があって」 「へ!? 約束!? あっちゃんが!? え、なんで、お友達できた!?」 「うーん……お友達? なのかなぁ」 「えー! こりゃオーナーに言わんと。絶対めっちゃ喜ぶよ! ケーキとか買ってくるかも!」 「そーかな……あ、ツクモさんって次いつお店に来る? 僕ちょっと話したいことあって」 「オーナーならあっちゃんに友達できたっつったら明日にでも飛んでくるでしょ。任せて、言っとくから」 「ありがとー」  オーナーにはシフトのことについてを話さなければならない。麻陽はすっかり忘れていたけれど、彼に言われて思い出したようだ。  やがて軽快な足取りで店を出ると、麻陽を見かけた同業者がこぞって麻陽に声をかける。夜になると顔見知りで溢れるその風俗街は、麻陽にとっては少しだけ楽しいものだった。  機嫌よく歩みを進めていると、ぶぶ、とスマートフォンが震えた。  ちょうど、待ち合わせ場所の近くまでやってきたところである。 『着いたら教えて』  キョロキョロとあたりを見渡せば、壁際に立っている彼を見つけた。 「ことりさん」 「ああ、着いてたか」  夜の街はキラキラと輝いて、少しだけ街の景色を変える。  麻陽はこの時間あまり外に出ないからか、普段よりも楽しそうだった。 「食事をしようか。腹は減った?」 「うん。そーいえば晩ご飯食べるの忘れてた」 「……そうか」  少しだけ渋い顔をして、彼はそれきり黙り込んだ。  連れられたのは高級なレストランだった。麻陽はたまにオーナーに連れられて来るくらいで、あまりこういった店に馴染みはない。しかし緊張感もないまま普段どおりの格好で入ると、店員がまずちらりと麻陽のチョーカーを見た。それでも眉ひとつ動かさないのはさすがと言うべきか、通常通りに奥の個室に案内すると変わった様子もなく戻っていく。  個室のある店を選んだのは彼なりに麻陽を気遣ってのことだろう。当然そんなことに気付くこともなく、麻陽はわくわくと料理を待っていた。 「……今日はきみのことを教えてくれないか」 「僕のこと?」 「まあ、知ってはいるんだが、きみから実際に聞いたわけじゃないし……」 「んー? いいけど、楽しくはないよ?」 「別に楽しみたいとも思ってない」 「ふーん?」  あまり待つこともなく、飲み物と前菜がやってきた。丁寧に置かれたそれを見て、麻陽はさっそく手を付ける。 「小学四年生の頃に両親が死んで、そっからお父さんの弟のお家にお世話になってたんだけど、中学生になった直後の第二次性別検査でオメガだって分かってからずーっと家でエッチばっかりしてた。叔父さんの家には叔母さんと娘が居たんだけど、叔母さんは僕が娘に手を出さないかってそっちばっかり気にしててさ、まさかおじさんが僕を襲うなんて思ってもなかったんだろーね」  テーブルマナーなんか知らない麻陽は普通に食べているが、正面に座った彼は仕草も綺麗なものである。上品に一つ一つを口にして、真剣な眼差しを麻陽に向けている。 「でも中学三年の頃に、エッチしてる最中に叔母さんに見つかっちゃった。叔父さん面白かったよ、こいつに誘われたんだって必死に叔母さんに縋り付いてさ。そっから追い出されてー、ふらふらしてたらオーナーに拾われて今の店に入ったって感じかなー」  特に表情を変えることもなく、麻陽は「そんだけ」と話を終わらせた。  麻陽は最後まで悲観することはなかった。誰を責めることもなく、恨んでもいいはずのことをされたのに、感情がポッカリと抜けたかのようにただ現実を語っただけである。 「……きみは、嫌じゃなかったのか」 「なにが?」 「叔父に迫られたこととか、追い出されたこととか。……それさえなければ、風俗でなんか働いてなかっただろ」 「それは別に」 「どうして」 「だって、今が一番楽しいよ。今こうして過ごせてるのは叔父さんが僕を襲ってくれたからでしょ? 叔父さんのおかげでエッチ楽しいって気付いて、追い出してもらえて、今楽しく過ごせてるもん。嫌って思ったりなんかしないよー」  かちゃん、と、彼はフォークを行儀悪く音を立てて皿に置いた。  表情も固い。何かを堪えるように手も震わせ、唇を軽く噛み締めている。 「きみは感情が欠損してる」 「……けっそんってなに?」 「おかしいってことだよ。きみはおかしい。そんなふうには思うべきじゃない。もっと泣いていいんだ。叔父や叔母を恨めよ。それが自然だろ。俺だったら絶対許せない。見返してやるって、奮闘して生きることを選ぶ」 「ふーん。大変そう」 「大変ってなんだよ、きみのことだろ」  彼は怒っているのか、顔が徐々に険しくなっていく。 「なんでもっと悲観しない。嘆いたらいいだろ。誰かを頼れよ。もっと恨み言吐き出してさ、我慢なんかしなきゃいい。きみは可哀想だよ」  可哀想。そんなことを言われても、麻陽には分からない。  今が楽しいのは事実だ。こうなって良かったとも思う。セックスも好きだ。嘘ではない。心からそう思っている。  麻陽には彼の言いたいことが分からなくて、前菜を食べ終えたために手を止めた。 「頼るって、誰に?」  麻陽が、ぽつりとつぶやいた。

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