10 / 41

第10話

 ――小鳥遊(たかなし)和真(かずま)、三十五歳。バース性はアルファ。  実家は資産家で、自身も実業家である。兄弟は兄が二人、長男がすでに後を継いだから、彼は割と幅広く好きなことをしている。  昔から厳しくしつけられたせいか、少々頑固で融通がきかない。反発心の塊。正義感が強く、少々押し付ける性質もある。正直で直情型。嘘はつけない。大学生の頃に起業し、今では複数の会社を持っている。  婚約者が居たが、最近その婚約も破談になった。  番はなし。  番はなし、という文字を見つめると、ツクモは大きく舌打ちをした。 「誰だこの情報持ってきたやつぁ。嘘書きやがって」  運転手は自分に言われたと思ったのか、怯えた様子で「分かりません」と言葉を返す。  ツクモが「ことりさん」に目をつけたのは早かった。麻陽が楽しそうに外に出て行っているのは知らされていたし、ツクモ自身も「ことりさん」の名前は聞いていた。愛人になろうとしているのならこいつで間違いないだろうと調べて、まさかあの小鳥遊が引っかかったのには驚いたが……。 (なんであんなアルファの坊ちゃんが麻陽と……?)  "Lavish ーラビッシュー"は、基本的にはアルファの入店を禁止している。かつてアルファにいたずらに発情を誘発され、無理やり妊娠させられたキャストが居て客と揉めて以来ずっとそのような対応である。  小鳥遊が客として来たという線はない。けれどそれ以外に麻陽が小鳥遊と関わるような場所はないだろう。 (水をかぶってから、と言っていたが……まったく意味が分からない……)  かつての麻陽の言葉を思い出して、その意味不明さに頭痛でもしてきそうだった。  小鳥遊といえばアルファの中でも有名な存在だ。まったく住む世界の違うツクモだって知っている名前だった。  家族揃ってやり手の事業家、いまだ衰えることなく勢力を伸ばし続けて、世界にも進出している。ツクモが付き合うアルファの中にも小鳥遊の知り合いはいて、いつも「あいつらはぶっ飛んでる」とそのやり方を称賛していた。  息子のように思っている麻陽だからこそ、ツクモは相手をしっかりと見極めようと思っていた。幸せになってほしいと心底思う。当たり前だ。ツクモにとって、麻陽は特別な存在である。  どこでどのように出会っていたとしても、相手が小鳥遊なら申し分ないだろう。家柄も良いし、悪い噂もない。相思相愛だったならツクモだって口は挟まない。  しかし番持ちなら話は変わる。一度確認しなければと、ツクモの気持ちは急くばかりだった。  車が停まると、ツクモはすぐに降車した。  とある大きなビルの前。明らかに堅気ではない雰囲気のツクモは派手に目立っているようだ。気合を入れてアルマーニのオーダースーツなんて選んだから余計にギラついて見えるのかもしれない。手首にはロレックス、足元はベルルッティ、サングラスはトムフォード。クロムハーツのシルバーアクセサリーが指で光り、周囲を強く威圧する。  今回ばかりはツクモも仕事仕様ではない。場合によっては相手を諦めさせなければならないために、特別派手に見せていた。  ツクモがビルに入ると、周囲が密かにざわついた。しかしツクモは気にすることなく、注目を集めながらも受付にたどり着く。 「よぉねえちゃん。ちょっと社長呼んでくれねえかな」 「……失礼ですが、アポイントはございますか?」 「ねえよ」 「……も、申し訳ございません。アポイントがなければお繋ぎすることは……」 「いいからよぉ、九十九(つくも)秀吾(しゅうご)が来たって伝えろ。神田麻陽のことで話があんだよ」  サングラスをずらして凄むと、受付嬢はぴしりと背筋を伸ばした。返答に困っている。隣に居た若い娘も同じように怯えて、どうしようかと考えているようだった。 「……もしかして、九十九さんではありませんか?」  受付ではないところからの呼びかけに九十九が振り返る。立っていたのは知らない男だ。グレーのスーツを首元までしっかりと詰めて着ている、真面目そうな男である。 「誰だ? あんた」 「やはりそうですね。私は小鳥遊の秘書を務めております、加倉(かくら)と申します」 「はいドーモ」  加倉は丁寧に名刺を渡すと、受付に引き継ぐ旨を伝えた。  名刺には”第一秘書”とあった。どうやら小鳥遊に一番近い存在のようだ。そんな男と偶然にでも出会えるとはなかなか運が良い。案内するように歩き出す加倉に、九十九は黙ってついて歩く。加倉も、九十九が小鳥遊に用事があると分かっているのだろう。 「先ほどは突然声をかけて申し訳ありませんでした。九十九さんのことは存じておりましたので」 「へえ。小鳥遊が調べたのか?」 「そうですね」  隠そうともしないその様子には、九十九も軽く舌打ちをする。  麻陽の背景を調べるなんて面倒なこと、ただの知り合いと思っているのならしないはずだ。そんなことをするのはそこそこ本気だからなのか、ほかに何か理由があるのか。どちらにせよ、番持ちであれば最悪である。 「社長、お客様です」  丁寧にノックをすると、加倉は返事を待って扉を開けた。少しだけ開き、中に確認をとっている。 「来客の予定はないが?」 「アポイントはなしです。九十九秀悟様がいらしております」 「…………九十九?」  ガタン、と、椅子から立ち上がる音がした。声音に含まれる敵意を正しく理解した九十九は、加倉を押し込むようにやや乱暴に中を覗き込む。 「よぉ坊ちゃん。今からちょっと時間あるか?」  広い室内には数名の秘書が居た。何か報告でもしていたのかもしれない。しかし九十九は目移りせず、すぐに彼を見つけ出す。  さすがは小鳥遊家のアルファというべきか、彼の外観は頭の先から足の先までのすべてが整っていた。容姿もスタイルも申し分ない。雰囲気も普通のアルファでは太刀打ちできないほどには重たく、けれども近寄り難いというわけでもない。  まさに“完璧”。その言葉に尽きる。  二人の間に見えない火花が散る。  小鳥遊はまるで仇でも見つけたかのように、厳しい顔で九十九を睨みつけていた。  

ともだちにシェアしよう!