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第11話

 小鳥遊はすぐに秘書をすべて外に出した。しばらく来ないようにと伝え、時間の調整をするよう指示も済ませる。  社長室には、小鳥遊と九十九の二人。応接用のソファで向かい合って座っている。 「……単刀直入に聞くが、麻陽とはどんな関係だ?」  切り出したのは九十九だった。  それにピクリと眉を揺らし、小鳥遊は固い表情で秘書が用意したコーヒーを一口含む。 「……なるほど、牽制にでも来たんですか」 「質問には答えろよ、坊ちゃん」 「……麻陽とはいい友人だと思っています。個人的に彼にはとても救われました。麻陽と出会ってから、」 「そんな御託はいいんだよ」  苛立ったように上下にカツカツと打っていた脚が、緩慢な動きで組まれた。  九十九は不機嫌を隠さない。終始小鳥遊を睨み付けている。 「あなたこそ。いいかげん麻陽離れをしたらどうですか」 「あ?」 「番が居るんですよね。それで麻陽を側に置いているなんて、番の気持ちを考えたことはあるんですか」 「…………はあ?」 「あなたはそれでいいかもしれないが、麻陽や番はどうなるんですか。麻陽もずいぶんあなたには懐いて……番持ちに期待するなんて馬鹿らしい。あなたが選んだ服を着て、あなたの帰りばかり待つ。そんな麻陽が可哀想だとは思いませんか」  声が震えている。怒りを抑えられないのだろう。かろうじて平静を保ってはいるが、言葉尻にはそれが顕著に現れているようだ。  うまく噛み合わない会話に気付いたのは、九十九が先だった。  はて、この青年はそんなにも震えて、いったい何の話をしているのか。 (……待てよ、番持ち……)  麻陽は早乙女に「番持ちの側にオメガが居るのは迷惑か」と聞いた。しかしデータ上小鳥遊に番は居ない。麻陽が関わった男といえば小鳥遊くらいのものだから相手は小鳥遊で間違いはないとして、小鳥遊が怒っている理由が「番持ちのくせに麻陽を側に置いて」……? (あれ……なんかおかしくねぇ?)  もしかして麻陽はただ単に、番のいる九十九の側に自分が居ることは迷惑なのかと、そう早乙女に聞いたのではないだろうか。それのきっかけを作ったのはきっと変な誤解をした小鳥遊だ。小鳥遊が麻陽に何かを言って、それを麻陽が気に病んだ。  麻陽は「家族」に特別敏感だ。九十九もそれを分かっているから、その結論が妙に腑に落ちた。 「なんっだよそれぇ……」  ずっと気合を入れていたために、唐突に全身から力が抜けた。  馬鹿らしい。全部小鳥遊のおかしな勘違いのせいじゃないか。早乙女も早計だったが、麻陽に何一つ確認をしなかった小鳥遊が一番悪い。  そもそもどうしてそんな勘違いを……そこまで考えて、九十九は良いことを思いついた。 「なんですかいきなり」 「いやぁー……あんたなぁ、それで、オレたちのことに口出してどうしたいんだよ」 「どう、って……」 「オレは離れてやってもいいが、あいつがオレから離れねえよ。だってあいつ、オレのこと大好きだぜ」  九十九の言葉に、小鳥遊が拳を強く握り締める。  尚も鋭く睨みつけてはいるが、やはり理性的であろうとはしているようだった。 「あなたは、番と麻陽、どっちが大切なんですか」 「……それをなんで部外者のおめぇに教えなきゃなんねぇんだよ」 「……それは……」 「おまえこそ。そこまで首を突っ込む理由はなんだ」  小鳥遊は一度目を見開くと、すぐに眉を寄せて表情を固く変える。  自身にとっての麻陽。それを、小鳥遊は深く考えたことがなかった。 「……麻陽と居ると力が抜けます。たとえば俺がどんなにイライラして八つ当たりをしても、麻陽とは喧嘩になりません。俺が何を言っても響かない。麻陽は上辺の言葉に左右されることなく、言葉の中にある本質を無意識に見抜くから……だからたぶん、楽だと思えるのかな。何を言っても、彼は俺に失望なんてしないから」 「知るかよ」 「俺にだって分からないんですよ。……昨日、麻陽に仕事をやめないかと提案しました。麻陽が風俗をやめて"普通"に生きることができればと思ったからだったんですが……」  本当にそれだけだったのだろうか。  小鳥遊は言葉を不自然に切って、微かに目を伏せる。 「……麻陽はな、物欲もねぇし金にも興味がねぇ。それなのに家族のことには人一倍敏感だったから……三年前、何かしてねぇと捨てられるとでも思ったのか、勝手に店に出やがった」  麻陽はそんなことをしなくていいと、そう伝えていたはずだった。  九十九は今でも忘れられない。  麻陽が勝手に店に出た日。ボロボロになった麻陽が、泣きそうな顔で笑っていた。 「何回やめろと言っても勝手に客をとる。オレだってあのまんまじゃいけねぇって思ったから一応シフトは配慮した。それでもあいつは変わらない。……あいつが欲しいのは自分の居場所で、“普通”なんか要らねんだよ」 「居場所……?」 「あいつの客が口揃えて言うことがある。『ヨウくんは甘えん坊で引っつきたがりで、時間ギリギリまで離してくれない』ってな。誰かがいると安心するんだろ」  小鳥遊は不機嫌に九十九を睨みつけたが、九十九は楽しげに笑うばかりだった。 「妬くなよ面倒くせぇな。とにかくオレが言いてぇことは、麻陽には居場所や人肌が必要ってことだ。だから風俗は辞めねえだろうよ。オレが何言ったって無駄だったんだ。おまえだって断られたんじゃねぇの?」 「……まあ」 「だろうな。あいつには必要なことだからな」 「でも風俗なんてずっとは続けていられないでしょう。歳もとれば売れなくなります」 「そんときゃオレがいいアルファでも紹介して嫁がせるわ馬鹿。当たり前だろ、誰がヨボヨボになるまであそこに置いとくかよ」 「け、っこんって……でも、あなたは……」  麻陽を愛人に置いているんじゃないのか、とでも言いたいのか、小鳥遊の口が物言わずに動く。  ああそうだった、小鳥遊はおかしな勘違いをしたままだった。それを思い出した九十九はすぐに、ニヤリと嫌な笑みを貼り付けた。 「オレには番が居るから結婚はしてやれねぇだろ。……ま。おまえが口を出すまでもないってことだ。麻陽のことはオレがしっかり見てる。余計な口は出さず、おまえはそこで大人しく麻陽とオトモダチやってろよ」  話は終わったとばかりに、九十九が気怠げに立ち上がった。  小鳥遊は引き留めない。九十九が立ち去るのをただ、静かに見送っていた。  

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