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第21話
小鳥遊が玄関を開けて中に入ると、室内は真っ暗なままだった。
麻陽の靴も見当たらない。人の気配も感じられず、小鳥遊は早足で寝室に向かう。
「麻陽、どこに居る!」
寝室も真っ暗だ。麻陽は居ない。ベッドでは掛け布団がふっくらと丸まって、麻陽だけがそこから抜け出した状態でとり残されていた。
時刻は午後五時。小鳥遊なりに精一杯仕事を終わらせて早めに戻ってきたつもりだ。麻陽は寂しがりやだから少しでも早く抱きしめてやらなければと、仕事中もそればかりを考えていた。
(……どこに行った? カードキーは……)
寝室を出てダイニングへ向かう。テーブルの上には、麻陽用にと置いていたカードキーと、小鳥遊が残したメモがそのまま置かれている。
見てもいないということか。それではダイニングに来ることもなく、寝室から直接出て行ったということになる。
鍵も持たずに、いったいどこに――。
小鳥遊が次の動作を考えていると、ピロンとスマートフォンが鳴る。急いでそれを確認すれば、オートロックの開け方が分からなかったのか、麻陽から「入れないー」と呑気なメッセージが追加されていた。
ひとまず肩の力が抜けた。逃げ出したわけではないらしい。何をしていたのかと気になったが、小鳥遊はひとまずロックを解除して「開けたよ」と返事をしておいた。
「はー、ここなに? 入るのも難しーね」
「おかえり麻陽……ああ、荷物を取りに戻ってたのか」
「そー。着替えなかったし」
玄関を開けてやると、大きな荷物を持った麻陽が立っていた。
確かに着替えが大量に詰め込まれている。人肌を求めて外に出たわけではなかったと分かって、小鳥遊はまたしても安堵の息を吐く。
小鳥遊はそれを受け取ると、すぐに寝室に向かった。
「帰ったら居なかったからびっくりした。連絡をくれてもよかったのに」
「連絡?」
「そう。どこに行くとか。何をするとか」
「んー、でも別に戻ってくるし」
小鳥遊の後ろから寝室に入った麻陽は、荷物を下ろしてさっそく、九十九にもらったチョーカーを取り出す。
「それ何?」
「今日ツクモさんがくれたー。赤ちゃんの靴下のお礼だって」
「…………九十九? 何、九十九さんと会ってたの?」
「うん。それがなに?」
「別に……」
麻陽は今つけているチョーカーを外して、新しいものを取り付ける。やはりまだまだ肌になじまなくて違和感があるが、つけ心地は悪くはなかった。
――オメガへのチョーカーのプレゼントには、少々深い意味がある。
ほかの雄から大切な人のうなじを隠すためのアクセサリーであり、自身の独占欲を満たすアイテムだ。
九十九がそれを、愛人である麻陽に。
小鳥遊はぎゅうと眉を寄せた。番が居ながら、麻陽のことはしっかりと独占する。麻陽に靴下のプレゼントまでさせておいて自分はこんな中途半端な扱いかよと、怒り狂ってしまいそうだった。
何より。
どうして麻陽は、そんな九十九が良いと思うのか。
「麻陽。九十九さんと会うの、控えてよ」
「……え? なんで?」
「なんでって……会わないほうがいいだろ。前にも言ったけど、九十九さんには番がいんだよ」
「知ってるよ。マドカさんっていうの」
「知ってるなら尚更そんなものつけるな」
麻陽がつけたチョーカーを小鳥遊が乱暴に外す。麻陽の首筋があらわになると、普段は見えない白いうなじに、小鳥遊は思わず見惚れてしまった。
「わ、返して。僕そろそろ発情期だから」
「……発情期? そうか……発情期……なるほどな」
「ねー、ことりさん? 返してってば」
どれほど手を伸ばそうとも、麻陽よりもうんと身長の高い小鳥遊に遠ざけられては指先も届かない。
頑張って取り返そうと奮闘する麻陽を前に、小鳥遊は何かを考えているようだった。
麻陽は九十九に連れられていつもより強い抑制剤をもらってきたし、最悪の場合に備えてピルも持たされた。もうすぐと言ってもこの一ヶ月の中で発情期になるかならないかという期間なために、麻陽は楽観しているのだけど……なぜか九十九は普段以上に警戒しているようで、暴漢に対しての対処法まで麻陽に叩き込んで帰った。
小鳥遊まで発情期を気にしているのだろうか。麻陽はそんなことが気になったけれど、ひとまずチョーカーを返してくれないかと必死に手を伸ばす。
「とにかくこれは預かる。……古いのも九十九さんにもらったチョーカー?」
「これは違うよ、自分で買った。一番最初のはツクモさんにもらったけど、次からは申し訳なかったし」
「…………ふーん……」
それならと古いほうを麻陽に渡すが、麻陽はやっぱり新しいチョーカーばかりを見つめていた。
――まったく気に食わない。あんなヤクザなアルファのどこがいいのか。絶対に小鳥遊のほうが麻陽を大切にできるし、幸せにもできるだろう。なにせ相手は番持ちである。どう頑張っても麻陽を幸せになんてできやしない。
「……麻陽。明日からはちゃんと、どこに行くか、なにをするかを教えて出てくれる?」
「なんで?」
「心配だから」
「心配?」
「そう。あとスマホかして」
「……なんで?」
おずおずと差し出されたスマートフォンを受け取った小鳥遊は、すぐにGPS機能を追加した。そうして小鳥遊のデバイスで管理できるように設定を済ませると、そしらぬ顔で麻陽に渡す。
「なにしたの?」
「……麻陽、次の休みは俺と服を買いに行かない? 新しいものをたくさんプレゼントしたい」
「えー、別にあるよ?」
「……そのブランドより、麻陽に似合うブランドがあるんだよ」
「……ふーん?」
不思議そうな顔をする麻陽を軽々と抱き上げると、小鳥遊はぎゅうときつく抱きしめた。
――悠長なことは言っていられない。やはり九十九を潰さなければ、いつか麻陽を奪われてしまう。
小鳥遊はひそやかにそんなことを思いながら、麻陽の頭にキスを落とした。
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