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第26話

 長岡を「待ち合わせがある」と言う場所まで送った小鳥遊は、緊急の呼び出しに応じてくれたことに礼をして、すぐに車に乗り込んだ。  ――小鳥遊の父、誠一から連絡が入ったのはつい昨日のことだった。誠一は行動力があるため、放置をしていれば最悪家に押しかけてくるだろう。分かっていたから、小鳥遊は翌日には実家に向かった。  小鳥遊家は別にアルファ主義というわけではない。良家にこだわっているわけでもなく、ただ"小鳥遊”の名の下にオメガを用意しようとしたら良家の相手になるというだけで、わざわざ家柄から選んだということもない。  むしろ恋愛結婚を推奨しており、誠一も小鳥遊の兄たちもこれまで恋愛を楽しんでいた。今回小鳥遊がお見合いをしたのも小鳥遊が仕事ばかりをしていてパートナーを持つという意識が皆無だったからで、特別後継を焦っているというわけでもないのだ。  小鳥遊家は、友人は選別してもパートナーには口を出さない。恋愛はフィーリングだ。そればかりは第三者が介入できることではない。  ただその中で、"小鳥遊"というブランドだけに惹かれて寄り付いたオメガたちは徹底的に排除された。彼らは小鳥遊家の"恋愛”には邪魔であり、不要な存在である。  誰よりも厳しく接し、育ててきたからこそ、誠一は息子たちの周囲のことにも容赦無く対応してきた。  今回の呼び出しも、ただ誠一が事情を聞きたかっただけのようだった。  なんとなく分かってはいたが、小鳥遊は念のため長岡を連れた。長岡なら麻陽のことを認めてくれたようだったし、何より長岡との婚約解消は円満であったと思わせられる。誠一は長岡との婚約解消に難色を示していたから、それの説得も兼ねて同行してもらった。 (焦っていたとはいえ、さすがに『結婚がしたい』は言葉が足りなかったな……)  長岡への電話の第一声。麻陽との結婚を誠一に認めてほしかった小鳥遊は、長岡が通話に応じた瞬間に「結婚がしたいんだが」と言って笑われた。  そうして事情を話して散々笑い転げた長岡は、その後に予定があるにも関わらず快く同行を受け入れてくれた。  おかげで無事、誠一から「長岡との婚約解消が本当に円満に終わったと理解した」「今囲っているオメガとの結婚も進めて良い」という言葉を得ることができた。同時に、風俗は絶対に辞めさせること、そして近いうちに実家に挨拶に来ることを約束させられたが。 (あとは麻陽のほうかー……)  どうやって九十九から引き離すべきか。どうしたら麻陽は小鳥遊を見てくれるのか。  仕事を抜けて誠一に会っていたために、小鳥遊は会社に戻ってきた。車内でもオフィスに戻ってきてもずっと麻陽のことばかりを考えていたけれど、デスクについてふと、先日の様子を思い出す。  ――もしも僕がことりさんじゃない人と結婚するって言ったら、もっと嫌?  ただ"尋ねただけ"とでも言いたげな表情と声音。他意のないそれに試すような色はなく、だからこそ小鳥遊もそれをただの質問として受け取った。  誠一と会って少し冷静になれたのか、今度は怒りよりも失望が前に出てきたようだ。  あとどれほどの言葉を尽くせば麻陽に伝わるのだろうか。あとどれほど愛して、甘やかして、安心させてやれば、麻陽は小鳥遊のことを好きになるのだろう。  一番最初に告白をしたときには希望があった。あの麻陽が頬を染めて恥ずかしがっていたのだ。そんな姿を見てしまえば、どうやったって期待する。  それからも順調だった。麻陽も小鳥遊に気持ちを寄せていたように思ったし、雰囲気も悪くはなかっただろう。 (あと何をしたら……)  人の気持ちなんかどうにもならない。だけどそこをどうにかしたいと思うものだから正解も見つからなくて、次の一手も浮かばない。どうしたら、とそればかり。頭痛でもしてきそうである。  パソコンに向かい、仕事をするかと気合を入れた。  そこでふと、加倉の言葉を思い出す。  ――それはおかしいな。だっておまえさっき、神田くんは感情や言葉に左右されないと言っていたのに。  そういえばあのとき、麻陽はどんな様子だったか。 (……頭に血が上ってたから意識していなかったが……)  冷静になって思い出せば、麻陽は怯えていたようにも見えた。  かつて小鳥遊に怒鳴られても驚くことも怯えることもなかった麻陽が、あのときには泣きそうな顔をして声を震わせていたのではなかったか。 「……麻陽が、震えてたんだ」  突然の小鳥遊の小さな言葉は、近くのデスクに座っていた加倉にしっかりと届く。  加倉は顔を上げた。しかし小鳥遊の視線はパソコンの画面に向けられたままだ。 「そうだ、おかしい。麻陽は誰に怒鳴られても嫌味を言われても、まったく動じないはずなのに」  麻陽は誰にも興味がない。だからこそ誰に何を言われても動じない。麻陽が反応したのなんか、小鳥遊が麻陽に「九十九と離れたほうがいい」と言ったときくらいなものである。あのときは子どものように拗ねた顔をして「嫌だ」と繰り返し拒否をしていた。  そのくらいのものだ。  だって麻陽は、九十九にしか興味がなかった。  だけど。 「俺が怒って、麻陽は震えてた」  泣きそうな顔をしていた。縋るように見つめていた。怒られたということに対して、間違いなく悲しんでいた。  あのとき麻陽は何と言っていただろう。泣きそうになりながら、怒った小鳥遊に混乱して、考えることが苦手なくせに必死に言葉を紡いでいた。  麻陽は嘘をつけない。嘘のつきかたを知らない。小賢しいことなんか考えられない。だからきっと本当に必死に、麻陽なりに言葉を振り絞って小鳥遊に伝えようとしていたはずである。 「……ホテルの予約、キャンセルしときましょうか」  加倉がじっと返答を待つ。小鳥遊は迷いなくすぐに頷いた。  

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