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第33話

(……良かった……なんとか、なんとか風呂を出た……)  結果は少し勃起した程度。拭いてやる間も麻陽は気にすることもなく、無邪気に楽しそうに笑っていた。  あとは眠るだけだ。これに関してはこれまでにもしていたし、正直余裕がある。  小鳥遊がベッドに入ると、麻陽はいつものように小鳥遊に抱きついた。二人で並んで横になる。小鳥遊も麻陽を大切に抱きしめて、その小さな頭にキスをした。 「おやすみ、麻陽」 「おやすみことりさん」  明日は一応、小鳥遊の仕事は休みにしてある。起きたとき麻陽の側に居てやれるだろう。抱きしめて起きれば麻陽も喜ぶかもしれない。基本的に小鳥遊は早起きだから、麻陽よりも自然と早く起きれるはずである。  そのときの麻陽の反応が楽しみだなと、そんなことを考えながら、小鳥遊は静かに眠りに落ちた。  ――中学生のような考え方かもしれないが、小鳥遊はゆっくりと進める関係も悪くはないと思っている。  たとえば付き合い始めてデートをする。しかしキスもセックスもしない。手を繋いで楽しむだけである。それを半月ほど楽しんで、ようやく触れるだけのキスに移る。深いものはまだだ。それに移るにはさらに半月は要するだろう。  付き合い始めてひと月後にようやく互いの体に触れ合い、愛を深める。初めてはやはり夜景の綺麗なホテルの最上階が良いだろうか。麻陽はロマンチックなことには興味もなさそうだが、経験や思い出として残しておいてもらえればそれでいい。花束を渡して、改めてプロポーズをする。そこで指輪を渡したあと、広く綺麗な部屋で、ようやく二人は永遠の愛を誓うのだ。  思春期の青少年もびっくりの計画ではあるが、小鳥遊にとっては抜かりない計画だった。  麻陽とはゆっくりと育みたい。ゆっくりと教えてやりたい。愛されることに慣れて、そして愛することを知ってほしい。それまで小鳥遊の理性を保たなければならないが、麻陽のためと思えばどうということもない。  小鳥遊は内心浮かれていた。麻陽と結婚の約束をして、これからもずっと一緒に居られるという現実に、心の余裕が生まれたのだろう。麻陽にも好きと言ってもらえたし、小鳥遊はそれだけで天にも昇る気持ちだった。 「ん、ぶ、はぅ」  違和感を覚えて、小鳥遊の眉がピクリと揺れる。少し寝苦しい。顔を背けてふたたび深い眠りに入ろうとするが、やはりゾクゾクとした違和感が眠ることを許してくれない。 「ふ、んぅ、じゅる、ん」  びくりと、大きく腰がはねた。それで脳が少し覚醒する。薄らと目を開けて隣を見れば、麻陽の姿がない。どこに行ったのかと手で探るが、ベッドはすでにひんやりとしていた。  いったいどこに……そうしてゆっくりと目が覚めてくると、感覚も戻ってきたようだ。  下腹から一気に快楽が押し寄せた。  中心を柔らかく熱い何かに包まれ扱かれる感覚に、小鳥遊は思わず布団を剥ぐ。 「あ、ほほひはん、おはおー」 「あ、さひ……!」  反り立った小鳥遊の中心を、麻陽がくわえているではないか。  何が起きているのか、寝起きの頭では理解も追いつかない。時計を見れば、まだ午前二時。夜中に起きて麻陽も寝ぼけたのだろうか。 「麻陽、離せ!」 「んぶ、あ、でもことりさん、勃ってるのに」  見せつけるように舌を出して、膨らんだ先っぽをちろちろと舐める。  あの麻陽の小さな口が。あの舌が。小鳥遊のあられもないところをくわえ、そして舐めている。 (な、んだこれは、なんだこれは、どういうことだ……!)  麻陽がふたたびそこをのみ込むと、快楽に思考が溶けていく。  ダメだと思うのに拒否できない。離せと抵抗したいのに、その口元をじっと見つめてしまう。  小鳥遊は熱に浮かされた瞳を麻陽に向けて、思わずその頬に触れた。 (……このまま、口に出したい……)  だってこんなにも気持ちがいい。寝ぼけたにしても麻陽から始めたことなのだし、口に出しても怒られることはないだろう。  麻陽の舌が、いやらしく精子を誘う。唇が扱き、吸い上げ、いやらしい音を立てて、射精をしろと追い詰めている。 「あ……ま、て……麻陽……離してくれ……」  声にも体にも力が入らない。麻陽の動きを目で追いかけることしかできない。  気持ちがいい。溶けてしまいそうだ。ナカに挿れたい。麻陽のナカに挿れて、激しく犯してやりたい。雄の思考に支配されそうになるのを、小鳥遊はそのたびになんとか堪える。  射精感が這い上がる。中心はすでに射精がしたいと最大にまで膨らんで、もうすぐそこまで限界がきていた。 「ああ、麻陽……気持ちいいよ……あー……出る……」  このまま中に。麻陽の口に、全部――。  溺れそうになった思考を、小鳥遊の理性が寸前のところで引き留めた。  勢いのままに麻陽を引き離す。快楽が遠のき、いきなり離された麻陽は驚いた顔をしていた。 「……ことりさん?」 「……び、びっくりした……どうした? なんでこんな……」 「だってことりさん、エッチできるって」 「言ったが、今日はいいだろ?」  小鳥遊にはしっかりとした計画がある。ここで流されては、麻陽の中の価値観を変えることはできないだろう。  それまでは右手が恋人で良いのだ。小鳥遊はすでに限界まで勃起した情けない自身を見下ろして、トイレに行くかと立ち上がった。 「じゃあ明日するの?」  麻陽の言葉に、小鳥遊も足を止める。 「……明日もしない」 「明後日は?」 「明後日も」 「……なんで?」 「……あのな、麻陽」  そこでようやく振り向いて、麻陽が怒っているのがわかった。  いや違う。泣きそうなのか。 「麻陽?」 「……僕が風俗してたから嫌いになった?」 「そうじゃなくて、」 「ことりさん前に言ってたもん。……風俗してたら、好きな人ができたときにその人に嫌われるって」 「…………言った、かもしれないが……」  あのときはただ、風俗を辞めようとしない上に小鳥遊の話も聞かない麻陽に苛立って、当てつけのように言っただけだ。つまり勢いで酷い言い方を選んだだけで、心の底からの言葉というわけでもない。 「気にさせたなら悪かった。俺がセックスをしないのと、麻陽の過去は関係がない」 「じゃーなんで」 「……なんでって……あのな、セックスがなくても人とは繋がっていられるんだ。抱きしめ合ってるだけで気持ちがいいだろ? そういう感覚を、麻陽にまず知ってほしい」  ベッドに腰掛けて麻陽に視線を合わせると、小鳥遊は諭すように続ける。 「だから今日も明日も明後日もしない。……今は分からないかもしれないが、麻陽にもそのうち分かる」 「…………分かんない」 「麻陽……」 「じゃあ僕しばらくことりさんとエッチできないの?」 「……まあ、そうだな」  麻陽の顔が、途端にくしゃりと歪んだ。 「いや! 僕、ことりさんとエッチしたい! ことりさんは僕のこと本当は好きじゃないんだ!」 「そうじゃない」 「嘘つき。ことりさんはやっぱり嘘つき! いーよ、もー寝る! ことりさんなんか不能になっちゃえばいーんだ!」 「なんて恐ろしいことを……」  布団に潜り込んだ麻陽は、眠ることにしたらしい。小鳥遊の寝ていたところには背をむけて、いつものように丸くなっていた。 「おやすみ、麻陽」  トイレに向かう直前、麻陽に声をかけてはみたが、やっぱり麻陽は何も言わなかった。  

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