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第4話

「はあ……」  ちゃぷ、と足を遊ばせれば泉に波紋が広がる。ルカは浮かない顔でそれを見つめていた。最近、妙に身体がざわついて仕方ない。じっとしているのが辛くて走り出してしまう。ついさっきもそうだ。グランに怒られてしまったが、どうしようもない衝動に駆られて走り出さずにはいられなくなったのだ。身体の中心に火がついたような、堪えきれないざわざわした感覚。  もしグランが止めてくれなかったら、身体が疲れ切るまで森の中を駆け回っていただろう。 「ねえどうしよう、これってなにか悪い病気かなぁ」 「ルカ、それ本気で言ってるのか?」  自分はおかしくなってしまったのかもしれない、と思ってレクスに打ち明けたらそんな言葉が返ってきた。呆れたような、心底驚いているような顔をしている。そんなに変なことを言っただろうか。ルカは耳をぴっと立ち上がらせて言い返した。 「何で笑うんだよぉ! 真面目に悩んでるのに!」 「いや……そっかそっか、悪かったよ。そんなに思い詰めるなって」 「レクスもなる? 急に身体に火がついたみたいに、暴れたくなる?」 「なる。分かるよ。でも俺はその爆発の鎮め方を知ってるから、お前みたいにウサギを追っかけ回したりしない」  くしゃくしゃと頭を撫でられて、ルカは子ども扱いされた気分になった。  レクスは爆発しそうなそれが何か知っていて、自分で解決できるのに、ルカにはまだできない。身体の熱を持て余してしまう自分がひどく情けなく思えた。 「困ってんなら、お前のパパに聞いてみたらいいんじゃないか?」 「え?」 「我らがグラン様に解決できないことなんかない。そうだろ?」  ルカは「そうだけど……」とこぼし、また俯いた。  今まではなんでもグランに相談してきたルカだったが、このおかしな気分についてはなかなか相談できずにいた。  変になったと思われるのがいやで、怖くて、尻込みしてしまう。 「ずっともやもやしてるのは身体に悪いし、お前だって楽になりたいだろ?」 「……うん」 「ならさっさと解決してもらうんだな」  ばんばんと背中を叩かれて、思わず咳き込む。 「もう行くの?」  立ち上がったレクスを見上げたら、ちょうど雌の集団の声が聞こえてきた。何がそんなに楽しいんだろうと不思議に思うくらいきゃっきゃと声をあげて、三匹の雌がレクスのもとに飛んでくる。彼女たちは口々にレクスの名を呼んで身体をすり寄せていた。花の蜜のような香りをまとって、ルカの姿など視界に入らない様子でレクスと戯れている。 「ま、そういうことだから。あんまり気に病まずに、ちゃんとグラン様に相談するんだぞ」  レクスは心底楽しそうな表情を浮かべて女の子たちの腰や肩に手を回した。 「楽しそうだなぁ」  そう呟いてはみたものの、ルカには正直よくわかっていなかった。仲間と一緒に遊ぶのは好きだけれど、それは同じ雄の仲間とかけっこをしたり水遊びをすることであって、女の子とベタベタすることじゃない。  頭の中がごちゃごちゃしてきて、ルカは冷たい泉の水で顔を洗った。

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