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第5話
レクスには「グラン様に相談するんだぞ」なんて言われたが、正直言ってどう相談したらいいのか、いや、相談していいものかどうかが
わからなかった。
急に心が騒がしくなって、いても立ってもいられなくなって動き回ってしまう、なんて奇妙なことを大好きなグランに話したら、もう一緒にいてもらえないかもしれない。変なやつだと思われて、そばにおいてもらえなくなるかもしれない。
ルカはそれが怖かった。
それに身体がおかしいと訴えたら、要らぬ心配をかけてしまうこともわかっていたから、余計に言い出しづらい。
日が傾き出した。木々が重なるように生えているから、この時期はあたりがすぐに暗くなってしまう。
(パパが心配するから早く帰らなきゃ)
相談をするかどうかはひとまず置いておいて。一緒に暮らしている洞窟へと急いで走り出した。
走っている間は余計なことを考えなくていいから、このままずっと目的もなく走っていたい気分になる。ルカはそんなことを考えながら巣にしている洞窟を目指した。
地面を蹴り、飛ぶように森の中を駆け抜ける。
そうして走って洞窟に辿り着いた時には、あたりは真っ暗になっていた。冷たい空気を感じながら「ただいまー」と言って入っていくと、奥の寝床の方から甘い匂いが漂ってきた。
レクスの取り巻きをしている雌たちと同じような匂いだけれど、それよりもどこか大人っぽい、なんだか落ち着かない匂いだ。
「……パパ?」
グランの匂いではないことはすぐにわかった。ではなんの匂いなのか。思い当たるのはただ一匹。
「あら。グラン、あの子帰ってきちゃったじゃない」
「んー? ……んー」
グランの寝床に寝そべっていたのは、群れの中でも一番目立つ雌の狼。彼女は艶やかな黒髪をかき上げ、薄く微笑んだ。
「お帰りなさい、ルカ」
名前はクレア。妖艶な雰囲気を纏った彼女は時々こうしてグランの寝床へやってくる。クレアはスリットの入った大胆な服装で、数々の雄の狼たちを虜にしていた。
ルカが彼女の存在にびっくりしていると、グランがのっそりと大きな身体を起こしてあくびを噛み殺した。
「遅かったじゃないか。暗くなる前に帰ってこいといつも言ってるだろう」
「ごめん、なさい……」
「クレアも巣に帰れ。母親をひとりにしてるんだろ?」
そう言われたクレアは薄暗い中、小さく肩を落としてため息をつく。
「もう少しあなたと一緒にいたかったけれど、ルカが帰ってきちゃったしね。大人しく帰るわ」
二人きりの時間をルカに邪魔されたと言わんばかりにひっそりと笑い、しなやかな身体をグランにすり寄せる。鬱陶しそうにするグランだったが、拒むことはせずにクレアの好きにさせていた。
「……」
「じゃあね、グラン。ルカ」
甘ったるい匂いが横を通り過ぎていく。
自分がいない間にふたりが何をしていたのか、考えただけでひどく居心地が悪くなった。
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