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第7話
目が覚めた時、寝床にはグランの姿はなかった。それもそのはずだ。すっかり眠り込んでしまってもう外は太陽が昇っていた。洞窟の入り口でルカは大きく伸びをする。鳥達が騒がしく鳴いていて、それと同時にルカのお腹もくうう、と鳴き出した。
そういえば、昨日は水を飲んだだけで何も食べていない。人間のように決まった時間に食事、なんて文化はないけれど、何も食べなければそりゃあお腹が減るものだ。
「動けなくなる前に、ごはん……」
とぼとぼと歩く姿からは狼らしい力強さをまったく感じなかった。
ウサギを狩るのはお手のものだ。森をうろついて獲物を探し出し、あとは追いかけるだけ。大物の狩りは群れのみんなと力を合わせないとうまくいかないことが大半だから、今日のところはウサギ狩りにする。
グランはどこに行ってしまったのか、少し心細い気持ちになったが、ルカはまず自分の腹を満たそうと森の中を彷徨い始めた。
「おはよ! ルカ!」
獲物を探していると、途中で幼なじみのソシエが声をかけてきた。白いワンピースが似合う小柄な雌の狼獣人だ。
「んー……おはよう」
「何よ、まだ半分寝てるじゃん! もうお昼になるのに」
「ちゃんと起きてるよぉ……」
「ダメダメ! 寝癖直して、背筋伸ばして! そんなんじゃ群れの女の子達にモテないよー?」
ソシエはお腹を抱えてころころ笑った。いつも元気なソシエは手先が器用で、依頼すると新しい服を作ってくれたり、綺麗なアクセサリーを作ってくれる。もちろんその対価に食料や寝床の素材なんかを渡さなければいけないが。
「モテるとかモテないとか、よくわかんないんだよね」
「わかる、ルカってそういうとこある。年頃の女の子よりもパパのこと大好きって感じ」
図星を突かれて、きゅう、と耳が情けなく垂れる。でも、本当のことだから仕方ない。
同じくらいの年頃の狼獣人たちは、異性に好かれようと雄も雌も着飾ったり気になる相手にアプローチしたり、なんだか大変そうだ。
そんな感想しか出てこないルカは、みんなと違う自分に戸惑っていた。
「好きな子とかいないのー?」
「いたことがないよ」
「えっ、今までずっと!? ドキドキしたりとかも!? うーん、それは……結構重症かもね」
だって、と口を開きそうになったルカは両手で口元を押さえてなんとか溢れ出しそうになった言葉を噛み殺した。
(パパがいればいいから、なんて言えないもんなぁ)
自分のその想いがみんなと違っているなんて、気づかないわけがない。みんなは同じ年頃の異性を番にしようと張り切っている中、ルカはそんな気持ちが全然湧いてこないのだ。
グランさえそばにいてくれたら、それだけで幸せだから。
「……変なのはわかってるよ」
「わわわ、ごめんごめん。変って言ってるわけじゃないんだ! ただ、珍しいなーって……あーもう、そんな顔しないでよぉ」
ソシエは慌てて首を横に振った。悪気がないのはルカもわかっている。だからすぐに笑って話題を変えた。
「ソシエ、それ新しいブレスレット?」
「あっ、気づいてくれた? そうなの、綺麗なビーズが手に入ったから編み込んでみたんだ」
「すごい、キラキラきれい」
「ルカもいる? まだ材料あるから作れるよ!」
ソシエのほっそりとした手首に輝くブレスレットは光が当たるといろんな色に変化してルカの目を引いた。
アクセサリーで身を飾るのは、ルカも大好きだ。ソシエの作るアクセサリーは色使いが綺麗でいくつも集めている。
「ならお願いしよっかな。対価はそうだなぁ……そろそろ寒くなるし、床材集めでもなんでもするよ」
「あ、それなら一個お願いしたいことがあるから、お昼ごはん食べたらうちに来てくれるっ?」
無意識なのか、ソシエの尻尾がぶんぶんと元気に揺れている。ルカの腕を掴んでぴょんぴょんと跳ねる姿に思わず笑みがこぼれてしまった。
「わかった。ソシエの家に行けばいいんだね」
「やったー! じゃあ、またあとでね! ちゃんと来てね!」
嬉しそうなソシエを見送り、ルカはくるる……と鳴るお腹を押さえてあたりを見渡した。
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