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第9話

 ドレスのデザインを夢中になって考えているソシエに声をかけることもできない。深紅のドレスを胸に当てているだけで、着せられていないことが救いだなと思っていると、不意に嫌な予感がした。裾の方をいじっていたソシエが急に上を向いて、にんまりと笑っている。 「やっぱそうだよねぇー……」 「そう、って、何が?」 「どんな感じになるのか、着てみてもらわなきゃだよねぇー?」 「……サイズとか合わないんじゃない?」 「ぴったりだと思うんだよねぇー……?」  いやな笑い方だ。  さすがに無理、と言おうとしたけれど、両手を掴まれてうるうるした目で見つめられると、断ることができなくなる。けれども、女の子の格好なんてしたことがないルカはドレスを着るというだけで恥ずかしくなってしまう。 「誰も見てないからさぁ、お願い! 幼なじみのために、このドレスを着てみてください!!」 「でも、本当にサイズ大丈夫なの? 破いたりしたら……」 「ルカ、自分の細さわかってない! ルカくらいすらっとしてたら絶対大丈夫だから!」  押しに押されて、結局ルカは首を縦に振ってしまった。絶対誰にも見られたくない……と思いながら、渋々ソシエの前で上着を脱ぐ。下はそのままでいいと言われて内心ほっとした。  サイズはソシエがいう通りピッタリだった。華やかなドレスに身を包んだ自分の姿を見ないように鏡から目を逸らしつつ、「これでいい?」と投げやりにソシエに尋ねた。 「わぁ……! ルカ、素敵よ。お姫様みたい!」 「どうしたらいいかわかんない……」 「鏡見て! とっても綺麗だから!」  ソシエは声をワントーン上げて大喜びしている。からかわれているのではないかと不安になって、鏡を見ることができない。もじもじしていたら、ソシエに無理やり鏡の方を向かされ、自分の今の姿を真正面から見てしまった。 「……え」 「素敵でしょう?」 「あ、ええと……ドレス、すごく綺麗だ」 「ドレスだけじゃないってば! ルカも含めて、丸ごと綺麗だわ!」  鏡には、真っ赤なドレスを身に纏った、自信なさげな自分が映し出されていた。ルカは本当に恥ずかしくなって、急いで鏡から視線を外す。  とても素敵なドレスだけれど、雄の自分が着る物ではない。 「グラン様に見てもらいたいくらい。絶対に綺麗って褒めてくださるわ!」 「絶対やだよ!」 「えー? グラン様っていつも黒いコートを着てらっしゃるから、その隣にこの深紅のドレスを着たルカが並んだらとっても綺麗だと思うんだけど」 「っ……」  真剣にそう言われて、顔が熱くなる。グランの隣に、これを着た自分が並ぶ。グランはこちらを見て「綺麗だな」なんて微笑んでくれて――。 「ないないない! パパがそんなこと言うはずない!!」 「そ、そうかな? そんなことないと思うんだけどな」  一生懸命否定して、頭の中に描いた妄想を振り払う。自分は雄なんだから、グランからそんなことを言ってもらえるなんてありえない。  笑われるか、変な顔をされるかどちらかだ。  そう考えると胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。 「……ルカ? どうしてそんな悲しそうな顔をしているの? ドレス着るの、そんなにいやだった?」  ソシエに言われて、ルカは表情を必死に取り繕おうとした。けれど、うまく笑えない。心配そうにするソシエに、ゆるく首を振って「大丈夫……ごめん、なんでもない」とだけ答えた。

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