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第11話

 とても心地よい匂いがルカの鼻先を掠めた。全身が少し揺れているのも幼い頃を思い出してなんだか落ち着く。 「ん……」  体温を感じる。ざく、ざく、という規則的な音に、ルカはうっすらと目を開けた。 「ぁ、……」  声が掠れて上手く喋れなかったが、自分が置かれている状況ははっきりとわかった。  大きな背中に背負われて運ばれている。  目覚めたルカは、この背中がグランのものだとすぐに理解した。  ――……ああ、前もこんなことがあったなぁ。  身体があまり強くないルカは、こうして急に熱を出すことが多かった。以前にも、高熱を出してグランに背負われて家まで運んでもらったことがある。  今もあの時と全く同じだ。こんな力の入らない身体を背負って、重たくないだろうかとルカは不安になった。 「パパ……」 「ん? 起きたのか。うちまでもう少しだ。ちょっとの間辛抱してくれよ」 「……ごめんなさい」  ルカの言葉に、グランが小さく笑った。 「俺に謝るくらいなら、早く元気になってソシエたちに果物でも持っていくんだな。俺が迎えにいくまでしっかり介抱してくれてたんだぞ」  ソシエの家で倒れてしまって、ふかふかのベッドに横になったところまでは覚えている。それから先はどうもあやふやだ。 「お前は他のものより身体が弱いんだ。体調には気をつけないとな」 「俺……みんなに迷惑かけて……」 「そう思い詰めるのもよくない。これからもっと気をつければいい。それだけだ」 「……」  風邪で体調を崩していたなら、気をつけることはできただろう。しかし今回の熱はどうやら心の問題が大きい。我ながら心が弱いなと思うが、なってしまったものは仕方がない。  ルカはぎゅう、とグランに抱きついて、なんとか心の平穏を保とうとした。 「……ふむ。まだ熱が高いみたいだな。しっかりつかまってるんだぞ」  クレアがドレスを仕立ててもらっているのは、きっとグランに見せるためだ。グランは深紅のドレスを纏ったクレアのことを「綺麗だ」とか「素敵だ」とか、言ったりするのだろうか。  グランとクレアがふたりきりでいる時にルカが姿を見せると、クレアはあからさまに嫌そうにする。だからふたりが一緒の時は近づかないようにしてきた。けれどルカがいない間にふたりが睦み合っているとしたら――考えただけで涙が出てきそうになる。  いつかグランに見捨てられるかもしれない。クレアとグランで新しい家族を築いて、自分はもういらないと言われて置いてけぼりにされてしまいそうで、怖い。そんな感情に支配されてしまうから考えないようにしていたのに。  目元が熱くなり、鼻をすするとグランが顔をこちらに向けてきた。 「大丈夫か? 何かあったのか?」  優しい声音で問いかけられて、こらえていた涙が決壊する。けれど詳しいことは話せそうにない。グランは泣き虫な自分を見て呆れただろうか。ルカはグランの背中に額を押し付けて、ぐちゃぐちゃになった気持ちを落ち着かせようときつく目を閉じた。

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