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第16話

 レクスの家はそこまで遠くない場所にあったが、熱でふらつくルカにとっては厳しい道のりだった。レクスに肩を支えられ、何度も転びそうになりながら一歩一歩進んで、ようやく着いた頃には日が傾いていた。 「よく頑張ったな。薬用意するから、そこで寝てな」  ふかふかの寝床は赤い布で覆われていて、布の端にはキラキラした金の装飾が施されていた。初めて見る豪華な寝床に勧められるまま横になる。そこに毛布を被せられて、ルカはきゅっと目を閉じた。 「えーと……これは傷薬だし、こっちは……なんの薬だ?」  棚にある薬類を全部引っ張り出して、レクスはぶつぶつ言いながら解熱効果のある薬を探していた。 「あ、あったあった!」  ぼんやりした意識の端でレクスが嬉しそうに声を弾ませるのを聞いた。粉末状の薬と水筒を持って寝床まで持ってきてくれる。口を開けろ、と言われたのでルカは素直に口を開いた。 「ん……」 「ほい、水」  薬草と木の実の独特な匂いがして、口の中にいやな苦味が広がる。  ルカは薬を上手に飲み込んだが、しばらく眉間に皺を寄せていた。 「面白い顔だな」 「……んん」 「ま、これ飲んだらすぐ熱も下がるだろ。よく寝てしっかり休むんだな」  体力を消耗しすぎたルカは、すぐにでも眠りに落ちてしまいそうだった。まぶたが重たくなって視界がぼやける。レクスの「おやすみ」という言葉が聞こえてきたが、それに返事をすることもできずルカは意識を手放した。  目を開くと、そこは真っ暗な世界だった。  ルカはひとりぼっちで立っていて、とても心細い。  誰かいないのか、声を上げようとしても喉が詰まって何も言葉を発することができなかった。 (なに、これ……)  混乱して、どこか出口がないか必死に走り回った。けれど出口どころか一筋の明かりさえ見つけることができない。 (助けて、“パパ”……)  思わず心の中でグランのことを呼んでいた。そこで気づいてしまう。もう、大好きなグランと一緒に暮らせない。グランの幸せのために自分は姿を消さなければならないことを。 (……いやだよ)  口にできない本心が心の中を覆い尽くす。 (いやだ……パパと一緒にいられないなんて、いやだ!!)  けれど、ルカはそれがわがままなのだと理解している。グランのために、自分はいなくならなければならない。  本当にグランのことを思うなら、消えなければ。  グランがクレアとつがいになって、子どもを授かって、幸せな家族を持つ。自分のような血の繋がっていないお荷物がいては成り立たない、グランの幸せ。 (もっともっと一緒にいたかった)  もしも許されるなら、自分がグランと幸せになりたかった。  いつしかルカはこの暗闇の世界から抜け出すことをやめていた。ただうずくまり、頭を抱えて震えている。  自分がもっと強ければ、もしかしたら想いを伝えることも一緒に居続けることもできたかもしれない。 (……俺が、弱いから)  一筋の涙が頬を伝い落ち、ルカは真っ黒な闇に飲み込まれた。

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