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第20話

 ルカが横になっている寝床のそばに寝転がって、レクスは頬杖をついた。柔らかい顔をして、ルカの表情をうかがうように瞳を覗き込んでくる。ややあってレクスは口を開いた。 「で? 何があったんだよ。大事件でも起きなきゃ、お前は家出なんてするような奴じゃないだろ?」  問いかけられて、ルカは口をつぐむ。  言えない。言いたくない。言葉にしたら尚更辛くなることがわかっているから、口にしたくなかった。 「っ……」 「言いたくないか? ……そんな顔しなくても、無理矢理聞き出すようなことはしねえから安心しろよ。ただ、話したほうが楽になることもあるかと思って聞いてみただけ」  レクスはそう言って微笑んだ。ルカの気持ちを尊重してそれ以上は聞いてこない。ただ、隣にいてくれる。ルカが安心できるようにという優しさが伝わってきて、感謝の気持ちでいっぱいになった。 「早く元気になれよ。また森の中を無駄に駆け回るお前が見たい」 「あれは……」 「無心でウサギと追いかけっこするなんて、なんつーか、無邪気だよな」  くすくすと笑われて、ルカは少しむくれてレクスを睨んだ。子ども扱いされているみたいで嫌だったからだ。 「気持ちがもやもやした時に、めちゃくちゃ走りたくなるだけだもん……」 「もやもや?」 「なんだかそわそわして、落ち着かなかったりするとき」  ふむ、とレクスが考え込む。何か変なことを言っただろうか。もしかして、そういうもやもやした気持ちになるのは自分だけで、レクスには経験がないのかもしれない。そうだとしたら、自分だけおかしいのかも……と不安になってしまう。 「お前、もしかして……」 「何? 俺、なんか変なのかな」 「あー……いや、なんでもない。変じゃないよ、俺たちの年頃になればみんなあることだから」  そう言われても、よくよく考えてみれば自分と同じ年頃の狼獣人の中でも森を駆け回るなんてことをしている奴を見かけたことがない。やっぱり自分はおかしいのか。レクスは気を遣って曖昧なことを言っているのではないか。グランのことでいっぱいだった心に、新たな悩みが積み重なってきた。 「ねえレクス、変なら変って本当のこと言ってよ、ねえ」 「だーいじょうぶだいじょうぶ。ルカは純粋でかわいいなあって話だから」 「どういうこと!?」 「かわいいルカを汚したくないから言わなーい」  意地悪な幼なじみの言葉に、ルカは飛び起きて食らいついた。何か自分だけ知らないことがあるみたいだ。知りたいのに、レクスはそれを教えるつもりはないらしい。 「ねえってば! レクス!」 「こらこら、起きるんじゃないよ。まだちょっと顔赤いぞ。大人しくしてなさい」 「むう……」  横になるように促されて、ルカは仕方なく寝床にぽすんと身体を横たえた。  元気になったら絶対聞き出してやると心に決め、ふんっと鼻を鳴らす。 「俺も昼寝しよーっと。こうやって並んで寝るなんて、ガキの頃みたいだな」  嬉しそうに言うレクスに、思わず昔を思い出して小さな笑みを浮かべてしまう。そういえば、昔は一緒にひなたぼっこをしたものだ。ぽかぽかの陽気の中、手を繋いで昼寝をしていたことを思い出す。 「懐かしいね」 「ガキの頃のこと思い出して、頭ん中空っぽにしてゆっくりしろよ。ごちゃごちゃ考えてたら身体も休まらないだろ……ふああ」  大きなあくびをして丸まったレクスは、そのまま寝息を立て始めた。   女の子たちがレクスにきゃあきゃあと騒ぐ理由がなんと無くわかった気がする。こんなに優しくて気遣いのできる雄は、この群れのどこを探してもいない。グランも優しいけれど、それよりも群れの長としての圧倒的な強さの方が際立つのでなかなかそういう対象にならないのだろう。 (俺も……眠たくなってきた)  規則正しい寝息を聞いているとうとうとし始めて、ルカは気づかない間に眠りに落ちていた。

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