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第21話
何も食べていなかったから、ルカは空腹で目を覚ました。身体から重だるい感覚がなくなっている。薬と十分な休養のおかげでかなり良くなってきているようだ。
「……レクス」
「よう、起きたか。具合はどうだ?」
名を呼ぶと、すぐそばから返事があった。眠っているルカを見守っていてくれたのか、レクスは壁に背をあずけて寝床の横に座っている。そっと額に触れられて、「大丈夫そうだな」と頷く顔が見えた。
「おなか、すいた……」
「何にも食べてなかったもんな。昼間に獲ってきたやつ、まだ残ってるからそれ持ってくる」
鹿の肉が目の前に差し出されて、くるるるとお腹が鳴ってしまった。これだけ食欲が出てきたらもう心配ないだろう。夢中になって肉にかぶりついていると、レクスが小さく笑うのが聞こえた。
「美味いか?」
「うんっ、美味しい」
「……グラン様がお前を守りたくなる気持ち、なんかわかる気がするな」
決別したはずの父の名を聞いてルカはぴくりと反応してしまった。その違和感に気付いたのか、レクスは微かに顔を上げる。
「どうした?」
レクスはもう気付いているだろう。ルカとグランの間に何かがあったことくらい、勘のいい彼ならすぐ気付いたはずだ。詮索しないのはきっとレクスの優しさなのだろう。それでも、不安そうな顔をする幼なじみを放っておけない。それもまた彼の優しさだ。
「……あのさ、ルカ」
「な、何?」
「話したくないならそれでいい。けど、辛いなら俺を頼ってくれたっていいんだぞ」
穏やかなレクスの声音に、ルカのまなじりが熱くなった。ずっと胸の中で渦巻いていた孤独や不安が一気に吹き出すように、涙が溢れてくる。鹿肉を手にしたまま急に泣き出すなんて自分でも滑稽だとは思ったが、レクスは笑わずに頭を撫でてくれた。
「っ、ぅ……」
「泣きたい時はちゃんと泣いたほうがいい。我慢なんかしなくていいんだ」
「ごめん……俺……」
「泣き虫のルカ。やっぱりちっちゃい頃から変わらねえなぁ」
面倒臭い奴だと思われていないだろうか。ルカは心配になった。いきなりレクスの家に厄介になって、食事の世話までしてもらって。その上こんなにボロボロ泣き始めて。
「ごめ……なさい……」
「謝るなって。ほら、撫でてやるからこっち来い」
両手を広げてルカを待っている。抱きしめてもらったらきっと心地よいだろう。甘えてばかりで恥ずかしくなってしまう。だが、ルカはまごつきながらレクスの腕の中にすっぽりとおさまった。
華奢なルカの身体をレクスがぎゅっと包み込む。抱きしめられた瞬間、まるでグランと一緒にいる時のような安心感に浸ることができた。
「んん……」
「いい匂いがする。ずっとこのままでいたいくらいだ」
「な、何言ってるんだよっ……!」
おかしな動悸がするのはきっと、ひとりぼっちで不安だったからだろう。レクスの腕に抱かれてあったかくなって、凍りついていた心がゆっくり溶けていく。
「お前、ほっそいなぁ。なんか心配になるよ」
「待って、待って、変な触り方しないでっ」
大きな手で二の腕を摩られ、そのまま手首を掴まれてしまってなんだか変な気分になってしまった。レクスの胸に預けていた顔を上げ、首を思い切り横に振って抵抗する。
「レクス、その……恥ずかしい、から」
「はは、悪い悪い。綺麗な肌してるからつい触りたくなっちまった」
「んぅ……」
背中をそっと撫でられて、心地よさに目をつむる。レクスが言ったように、確かにずっとこのままこの温もりに包まれていたいと思ってしまった。
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