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第26話
目の前のグランと目を合わせることができなくて、ルカはずっと俯いていた。話さなくては、と思うのにうまく言葉が出てこない。
(何か言わなきゃ、何か……)
「本当にもう、身体は大丈夫なんだな?」
言葉を探している最中、グランが微かに不安混じりの声で尋ねてきた。
「あ、うん……レクスのところでしっかり休ませてもらったから……」
「そうか――本当に良かった」
「……ごめんなさい、勝手なことをして心配かけて……」
「そう思っているなら、どうして出て行ったのかを教えてくれないか? 言いたくないなら……仕方ないが」
グランは曇った表情を浮かべてルカの表情を窺っているようだった。
大好きなグランにこんな顔をさせてしまって、ルカは辛くなる。グランのこんな表情を見ていられなくて、きちんと理由を話そうと思わされてしまった。
「く……クレアさんは、元気……?」
「ん? ああ――いつもと変わらない。昨日は何か、新しい服を見せに来たな」
新しい服とは、ソシエのところで作っていた深紅のドレスのことだろう。艶やかなドレス姿に、グランがどう思ったのか。顔色をうかがうと、特に気にしていない様子だったので心のどこかで安心してしまった。
「どうしてクレアの話をするんだ。何か関係があるのか?」
少し首を傾げ、グランが尋ねる。それを否定することができなくて、ルカは小さく頷いた。
あの日のクレアの言葉で、心も身体も弱っていたルカが逃げ出すように家を飛び出したのだと、グランに全てを伝えた。
「俺がいなくなれば、パパはクレアさんと幸せになれるって……」
「お前、それを本気にしたのか」
強い口調だった。グランがぎゅっと拳を握って苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「俺が、それを望んでると思ったのか?」
「…………」
一瞬身体をこわばらせたルカの手をとって、グランが真っ直ぐ目を見つめてきた。金色の目に射抜かれて心臓がドキドキする。それはいつもとどこか違う、雄の眼差しだった。
「そんなこと、望むわけがないだろう」
力強く腕を引かれて、グランに抱きしめられる。小柄なルカの頭の上に顎を乗せて、小さく「……馬鹿野郎」と呟くのが聞こえた。
胸のぬくもりを感じ、その言葉を聞いたルカは自分が何かとんでもない間違いを犯していたのではないかと思い始めた。
「お前がいない生活なんて考えられん。……どう伝えればいいんだろうな。俺の気持ちをわかってもらうには」
「え……?」
心臓を鷲掴みにされた気分だった。グランの気持ちとは、一体なんなのか。もしもルカの想像が当たっていて、グランも自分のことをただの“子ども”だと思っていないなら、きっとふたりの気持ちは重なるはずだ。
「パパ……それって、どういう……」
「本当は“パパ”なんて呼ばれたくないんだよ。ここまで言ったら鈍感なお前でもわかるだろ」
背中を撫でる大きな手が熱い。
嘘だ、嘘だ。グランがこんなことを言ってくれるなんて。
ルカの夢が叶うかもしれない。グランと親子の関係ではなくて、愛し合う関係になれるのではないか。そんな希望が舞い降りてきて、ルカはじわりと目が熱くなるのを感じた。
「ずっと前からお前のことを自分の“子ども”としてじゃなく、愛していたよ」
「えっ……」
頬を指先でなぞられて、ルカは反射的に顔を上げる。グランの甘い微笑みが視界に入ってきて、顔が熱くなってしまった。
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