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第34話

「随分、楽しそうね」  聞き違えることはない。その声は間違いなく、クレアのものだった。  背中に冷たいものが走る。本能的に『怖い』と感じてしまってルカは思わずぎゅっとグランの服を握ってしまった。 「クレア。何をしにきた。話は全部ルカから聞いているぞ」  クレアの姿を見たグランは、毅然とした態度で彼女に向き直った。ルカの肩を抱いて守りながら、射竦めるような眼差しでクレアを見ている。  喧嘩はしないで。それだけがルカの願いだった。確かにクレアからひどい言葉を言われたけれど、それを根に持つようなことはしていない。クレアも自分も同じ気持ちなのだ。グランのことが好きで、愛されたくて、一生懸命だった。  だから、ルカはクレアのことを責めようなんて気は全く持っていなかった。 「まさかルカがカラダを使ってグランを落とすなんて。想像もしなかったわ」  呆れたような口調でクレアは言う。穢らわしいものでも見るかのような眼差しに、ルカは身体が硬直する。  身体を使って落とすなんて、そんなことをしたつもりはない。グランと交わったのはお互いに求め合ったからだ。  それは紛れもない事実。だからクレアの言葉は負け惜しみにしか聞こえなかった。 「撤回しろ。ルカを侮辱することは俺が許さない」 「すっかりほだされちゃって」 「クレア」  グランの声に怒りが滲み出る。それでもクレアは負けじと言葉を続けた。 「男同士で……しかも、血は繋がってないにせよ自分の子どもとそういうカンケイになっちゃったの? ホント、あたしに男を見る目がなかったみたいね。ルカも、あんたもっ……!! 最低よ!!」  吐き捨てるクレアの目には大粒の涙が溢れていた。感情的になって、呪いのような言葉を投げつけてくる。けれど、今はグランがそばにいてくれるからルカは立っていることができた。 「俺は……」 「ずっとルカのことばっかりだったものね!! 捨て子に夢中になって、いつだってルカのことばかり考えてて。あたしがどれだけ努力しても見向きもしてくれなかった!!」  捲し立てるように言い放ち、クレアはじろりと大きな瞳でルカを睨みつける。  彼女にとって、ルカは本当に“邪魔な存在”だったのだろう。  いくら着飾っても、いくら思いを伝えても、ルカがいるからグランは自分に振り向いてくれない。そう思い込んだクレアの憎悪がじりじりとルカの身体を灼く。 「ルカさえ……いなければ」 「それは違うよ、クレア」 「違わないわ!! ルカさえいなければあなたはきっと!!」 「クレア」  感情的になる彼女を宥めるような穏やかな声でグランはクレアの名を呼んだ。それはルカの名を呼ぶ時と同じように、優しくてあたたかい声音だった。 「君の気持ちを知っていながら、答えを伝えずにいたのは悪かった。だが、君は俺にとって幼なじみでしかないんだ。嫌いだというわけではない。愛という感情で言うなら、俺は君ではなくルカを愛している」  酷な宣告だということはルカにも、当然グランにもわかっていた。けれど、言わなければならなかった。  クレアのためにもはっきりと伝えなければならないことだった。 「……あなたって、本当に優しいのね」 「優しくなんかないさ」 「みなしごを拾って、育児なんてしたこともないのに毎日必死にルカを守って。あたしがどれだけ努力してもルカがそこにいるだけで敵わない。それがどれだけ苦しいことか、わかる?」 「……すまなかった」  そこで会話は途切れてしまった。クレアはただ地面を見つめ、グランはそんなクレアの様子を見守っていた。恋愛感情を抱けないというだけで、グランにとってはクレアは大切な幼なじみなのだ。放ってはおけないのだろう。  かといって、かける言葉もない。ふたりの間に流れる重い空気に、ルカも押し黙っていた。 「……いいわよ。もう」 「クレア」 「せいぜいルカと仲良くやりなさいよ、あたしのことを振ったんだから。……幸せにならなきゃ許さない」  クレアの言葉は意外なものだった。恨み言を言われても仕方ないと思っていたし、攻撃的な言葉で罵られると思っていたルカは、長い髪で表情の読めないクレアを驚いたように見つめた。 「当然だ」 「……約束よ」  クレアもまた、本当にグランを愛していたのだろう。グランへの愛が真実だったからこそ溢れた言葉に、ルカは思わず涙ぐんでいた。クレアを恨みそうになっていた自分を浅はかだったと思い直し、グランの方を見る。  グランもまた、こちらを見ていた。クレアとの約束を絶対に守る。そう言わんばかりの強い眼差しに射抜かれて、ルカは胸元で手をぎゅっと握りしめた。

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