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第3話(side大和)
早く終われ。監督の話に真剣な表情で頷きながらも、心は体育館を飛び出したくてうずうずしている。早く帰りたい。早く伊織に会いたい。
「――以上。年明けは三日から練習だからな」
成瀬、と名前を呼ばれる前に
「ありがとうございました」
と前のめり気味に締めた。
「いいことあった?」
モップを佐渡に手渡し、これで本当に終わりだと両腕を伸ばしたところだった。
「え、なんで?」
と返してから「冬休みが嬉しい」ということにすればよかったと気づく。
「いつも以上に気合い入ってた気がしたから」
今年最後の練習だから、と言おうとしたのに
「そのわりにはやたら時間気にしてたよね」
と先を越され、言葉が続かなくなった。
倉庫の鍵をかけ、二人でチェックして回る。備品が出しっぱなしになっていないか、戸締りはされているか。いつもは当番の部員に任せるが、休み前は佐渡と二人で確認することにしている。
「もしかして伊織くんが帰ってきてるとか?」
すべての確認が終わり、体育館を出たところで佐渡がぱっと顔を上げ、声を弾ませた。
そんな表情するほど仲良かったのか、と心の中で呟く。嘘をつく必要はないけれど、伊織自身が連絡をしていないのに俺から伝えていいのだろうか。いや、それよりも伊織との貴重な時間を邪魔されたくない。元日には伊織の両親も帰国し、祖父母の家に行くと言っていた。つまり一緒に過ごせるのは明日まで。
「ま、いいや。貴重なお休みだもんね」
何も言っていないのに佐渡はウンウン、と一人で頷いて「じゃあ、よいお年を」と校舎に向かって駆けていった。
『部活終わった』
部室を出ると同時に連絡し、駅への道を走る。バスケ部の何人かでお昼を食べようという話もあったが、断った。どうせ年明けも顔を合わすのだから、今は伊織を優先したい。電車に乗る前に画面を確認する。伊織からのメッセージが通知されている。とにかく早く帰ることを優先したので、途中で鳴っていることに気づけなかった。
『駅前にいるよ』
並んだ文字に頬が緩む。
昨日は帰国した伊織を母さんが大量のご飯と質問でもてなし(?)、長時間のフライトで疲れていた伊織は早々に客間に引っ込んでしまった。フライトだけでなく、母さんのせいもあると思うけど。バスの中でも気づくと伊織は眠っていて、全然話せていない。朝食は一緒に食べたけど。「いってらっしゃい」も言ってもらったけど。全然足りない。次はいつ会えるかもわからないのに。
改札を抜けたところで、いつかの再現のように柱を背にする伊織が目に入る。多くの人が行き交う駅構内。駅ビルからはいかにも年末といった曲が流れ、歳末セールと書かれた広告が貼りだされている。
伊織、と名前を口にする直前
「あの」
と間近から声をかけられた。自分のことだとは思わず足を進めそうになったところでもう一度「あの」と声が聞こえ、ツンと何かに引っかかったような弱い感覚が伝わってくる。振り返るとコートの裾を掴まれていた。
「あ、す、すみません」
一瞬にして離れていく手。俯けられた顔。ピンク色のマフラーから飛び出た毛先が揺れる。年は近い気がするが、知り合いではない。
「えっと……誰?」
知り合いだったらひどい聞き方だが、これ以外浮かばなかった。
「な、成瀬さんですよね」
「そうだけど」
反射的に答えたものの、どうして相手が自分の名前を知っているのかわからない。誰、という問いにすら答えてもらっていない。とはいえ相手が緊張しているのは顔を真っ赤にしていることからも、声が揺れていることからも伝わってきて、もう一度質問していいものか迷う。
「あの、雑誌で知って、それでこの前の練習試合、見に行って」
そこまで言われて、ようやく気づく。あれの影響か、と。
「こ、これからも頑張ってください」
では、と一方的に頭を下げられ駆けていく。呼び止める間もなく、紺色のダッフルコートは人混みに消えていった。
「――今の誰?」
「うおっ」
すぐそばで聞こえた声に思わず体が揺れる。いつの間にか伊織が隣に立っていた。ほんの数か月前までは当たり前だった光景。じっと見上げられ、懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。
「雑誌って何?」
不機嫌な色の混じる声に、隠していた気まずさが膨らむ。あんまり言いたくなかったのに。伊織の視線は揺らがない。適当に逃げることはできないだろう。はあ、と息を吐き出してから言葉を紡ぐ。
「実は――」
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