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2.「触れてみてもいいですか?」

 薔薇庭に微風が吹き渡り、馥郁たる香りが素っ頓狂なお言葉を優しく包み込む。 「は? しょ……ってアレがアレするアレですよね?!」  そのものズバリを口にしなかった僕、エライ。いや、もう既に婚約者二人の定期お茶会の話題からは逸脱しまくっている。  落ち着いた木ノ実色のノエ様の瞳は真剣だ。何だか恥ずかしくて、僕は目を伏せる。ベンチに添えられた男らしい手が、ほんの少し震えている気がする。公の場でエスコートしてくださる時以外には、まだ触れたことはない御手。  僕たちはありふれた政略結婚をする。でも、もしかしたら、父様と母様のようになれるかもしれない。  うちは貧乏でも大富豪でもなく、派閥争いや権力闘争に明け暮れることもない。中庸で王家に忠実な、よくある伯爵家だ。社交界で話題に上るとしたら、当主が一対の仲良し夫婦だってことぐらい。第二も愛妾も庶子もいない。貴族には本当に珍しい、小さな家族。  ノエ様と、そんな風に。  横に座るノエ様を見上げる。真っ直ぐな眼差しの上を飾る眉はへニョリと垂れ下がり、唇は不安気にキュッと結ばれている。  あ、可愛い。いつもは隙のないノエ様に、幻のヘタレ犬耳とションボリ尻尾が見えた。  日々の鍛錬を想起させる節くれだった指に、僕の怠惰で華奢な手をそっと重ねてみる。  うん、なるほど。  太古からの男のロマン、ぽよよんおっぱいを嫌いになったわけじゃないけれど。 「ノエ様、触れてみてもいいですか?」  返答がくる前に僕は腰を浮かせ、赤くて薄い唇に勝手に初めてのキスをしてみる。熱い紅茶に浸した蜜林檎の味がした。

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