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9.「シちゃった」

 王都の学園の回廊、中庭の噴水を挟んだ向こうにノエ様がいる。  僕は並んで歩いていた友人たちに手振りで別れを告げると、冬枯れの花壇を急ぎ足で横切った。皆のビックリする声が後ろから聞こえる。 「ノエ様!」 「ああ、マリア。おはよう」  最高学年の婚約者の御学友にも挨拶し、ノエ様の制服の袖をちょこっと摘んで引く。 「ノエ様のおし……あ、あの、大丈夫だったでしょうか?」  アノ後の心配を言葉にしようとして、さすがに口籠る。視線を下半身に向けて。 「ありがとう、平気だったよ」  ノエ様は微笑んで、僕の白灰の髪を一房手に取る。そのまま僕の耳にそっと掛けた。  何だか照れくさくて、更に俯いてしまう。やっぱりノエ様に恋しちゃったのだ、と改めて実感する。 「そうだ、マリア。今日一緒に昼食をとろう」 「はい!」  初めてだ。嬉しい! 「では、昼休みに教室まで迎えにいこう」  そう言い残し、先輩方と飄々と去っていく。真っ直ぐな背中を見つめながら、ニヤける顔を引き締めようと頑張る。それでも浮かぶ、昨夜のアレヤコレヤ。 「ちょっと! マリア! どういうこと?!」  回り廊下をぐるっと追ってきた友人のニコラが、隙だらけの肩をガシッと掴む。  そういえば、校内で僕の方からノエ様に話しかけたのも初めてだ。学園では身分は問わないのが建前だけれど、目下の僕が積極的なのはお行儀が悪い。今までは、互いに遠くから目礼する程度の距離感だった。 「ノエ様とランチの約束した」 「何でまた突然に。ね、昨日何かあったでしょ?」  ニコラが畳みかけてくる。彼はうちと同じような伯爵家の庶子で、いわゆる嫁仲間だ。騎士団にうんと年上の婚約者がいる。 「シちゃった」 「わ! ほんとに?」  キラキラした眼差しで僕を見上げる。平凡でそこそこ容姿の僕と違って、ニコラは華奢で可愛らしい美少年だ。 「いいなぁ……もう抱いてもらえたのかぁ……」  いや、僕が、抱いた、のっ! ……とは修正しなかった。  結婚後に公爵家の下に僕が籍を移すのは決定事項だし。閨ではノエ様が嫁だと、僕だけが知っていればいい。秘密っぽくてドキドキする。  友人が彼の婚約者の不満を言い募る横で、僕は一人でふわふわしていた。

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