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プロローグ. 2
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(かつて古代エジプトに生きた王の頭像か____授業の単位数が大丈夫かとか、色々と不安だったけど……やっぱり遥々エジプトまで来て良かった)
一人の青年が、ある展示物の前で立っている。
少し茶色がかった黒髪に、サングラスを首からぶらさげて故郷でのお気に入りの花柄アロハシャツをだらしなく着ている青年だ。
【世界最大級の展示物を誇るエジプト博物館】____それが、青年が今いる場所。
そうとはいえ、客の数はまばらであり青年は集中して多数ある展示物を観覧することが出来ている。
異国の地に慣れていない青年が迷子となり、この博物館に辿り着いた頃には既に日が暮れてから暫く経っていたせいだ。
ガイドブック片手に苦労して空港から此処まで辿り着いたため、ホテルのチェックインさえ出来ていない始末である。
既に日が暮れてしまっており、何とかこの博物館に着いた頃には、すっかり外の景色は夜の闇に染まりかけていた。
(そういや、夕飯はどうしよう……ホテルにはまだチェックインすら出来てないし予約してた時間には確実に間に合わない____)
(仕方がない、ホテルにキャンセルの電話して外で食べるか)____と、そんなことを考えながら歩いて行くと、ふいに青年はある興味深い展示物が飾られてある場所で足を止める。
青年が目を奪われたのは、一体のミイラの棺。
顔の大部分が茶色(見ようによっては赤)に染まっていて、尚且つ右目しか見えない棺であり、しかも説明には【男の王】と記されているにも関わらず本来であれば有り得ない状態――つまり、片腕を伸ばした状態でこの棺に埋葬されていたと記されている。
青年は、ふと自身が通う大学で歴史学の講義をしている《古瀬教授》の興奮しきった顔を思い出す。
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『それでだ、古代エジプトはねえ……ロマンだよ……分かるかい、壮大なロマンだ。君も人生について迷っているのなら、一度現地に言って古代エジプトのことを学んでみたらどうかね?』
『で……っ……でも、俺は____』
『ふむ、エジプトの言葉が分からない、と……全く君という人は相も変わらず生真面目でつまらないことを言う。いいかい、今はガイドブックどころかスマホとやらもある時代だ。そんな小さな問題はいくらでも解決できると思うがね……とにかく、たまには他人のアドバイスを聞いてみたらどうかね?』
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エジプトまで飛ぶ前に講義室で交わされた教授との会話を思い出し、青年は呆れたように溜め息をつく。
古瀬の授業は分かりやすく、他の教授とは違って高慢さなど微塵も感じられずに、どちらかというと接しやすいと常日頃から思っていた。
だが、いかんせん彼には【夢中になっているものが頭に浮かぶと授業そっちのけで語ってしまう】という難点があった。
そう____、あの日も周りには大勢の生徒達がいるにも関わらず急に《人生相談》じみた話しとなってしまい真面目に授業を聞いていた他の者達からの気まずい視線に絶えられなくなった。
青年は思わず『はい……ではエジプトに行って学んでみます』と答えてしまったのだが、それがこの壮大な一人旅のキッカケだった。
更にそれと同時に、授業が終わる直前に古瀬教授が癖がかったウェーブ髪をくるくると指で巻き上げつつ満足気に此方を見た仕草を頭に思い浮かべたのだった。
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博物館を出た頃には、やはり辺りはすっかり暗くなっていた。
青年は、とりあえず周囲の明かりとガイドブックの地図を頼りに市街地の方へと辿り着いて人が賑わう市場へとやってきた。
だが、いかんせんエジプトのことは出発日前と機内で少し調べただけだったので、市場で何がオススメなのかはろくに分からない。
そうこうして、ぐるぐると市場の出店を適当に回っているうちに『ぐぅぅ……』と腹がなり、辺りの客に迷惑がかかるのは承知の上で青年はその場にしゃがみ込んでしまう。
すると____、
「koʃæɾi……koʃæɾi____」
ふいに、自身に向けて話しかけてくる声に気付いた青年は顔を上げる。
一人の若い女性が此方へと微笑みかけてくる。チョコレート色の肌に、ぱっちりとした大きな目――それと此方から見て、左側の口元には黒子がひとつ。
青年はライトに照らされた艶やかな黒髪を赤いリボンで三つ編みにしている、その女性の素晴らしい笑顔に数秒間見惚れてしまっていたがハッと我にかえった。
そして手元に持っていたガイドブックに再び目線を落とすと、パラパラとページを捲ってから今度はスマホの翻訳ソフトを操作する。
これで、ようやく目の前の美しい女性が何を言わんとしているか理解できた。
コシャリ____。
エジプトの国民的料理で、米やパスタ――更に豆を混ぜ合わせ揚げた玉ねぎが美味しいと現地人だけでなく観光客にも人気があるものらしい。
味付けはトマトソースやシャッタと呼ばれる辛味ソース、それと酢も入っている炒め飯と記されている。
ほかほかと湯気をあげているそれに視線が釘付けとなっていたが、青年はお代を払わなくてはならないと思い直して財布を取り出そうとした。
その直後、目の前にいる女神のような女性は、その行動を制止するジェスチャーをしたため青年は困ってしまう。
けれど、結局は女性の好意に甘えることとなりお代を払うことなくコシャリを口に運んだ。その直後、口の中に広がる豆と玉ねぎの香ばしい風味に感心してしまった。
更にコシャリをご馳走になった後で泊まる予定だったホテルに向かおうとしたが、それもまた目の前の女性に制止されてしまう。
どうやら地元では有名なぼったくりホテルらしく、ここでもまた青年は困り果ててしまう。
「taeal alaa almanzil____?」
今度は「家に来ない?」と女性から言われてしまった青年は、流石に必死になって、その申し出をジェスチャー交じりで断った。
そして、そんな最中のことだった____。
急に、どこかから固めの物が飛んできて青年の側頭部に直撃してしまい――それが何なのか把握する間もなく意識が朦朧として視界が真っ黒になってしまうのだった。
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