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第1話
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子どもが二人、庭園の噴水の側で木剣を振り回しながら仲良さそうにはしゃいでいる。
どちらも男の子であり、一人は活発で声高らかに「やっ…………」と言いながら相手の頭へと適度に手加減しつつ木剣を当てたものの、もう一人の方は涙目になり困惑した表情を浮かべながら両手で頭を抱えて尻もちをついてしまう。
どちらの子もまだ幼く、歳は十歳にも満たしていない。
二人とも赤ん坊の頃のあどけなさが僅かに残っており、声色も甲高いままだ。
活発な方の子どもは、腰までつきそうな艶やかな黒髪を右側の頭頂部から三つ編みで纏められていて、両耳には輪型の黄金の装飾具を身に付けている。上半身は裸で腰にはエジプトにおいて【高貴さ】を象徴する藍色の巻き布を身に纏っている。
更にいえば体格も、もう一人の子どもよりはがっしりとしていて筋肉質であり日頃から鍛えあげているのが伺える。
一方で、もう一人の怯えきった表情を浮かべている子どもの方はといえば女性のようにウセクと呼ばれる装身具のついた上半身と下半身を覆い尽くす白い麻布で作られた衣服を身に纏っている。
更には相方から軽く木剣で頭を小突かれただけで目に涙を浮かべるくらいに弱々しい精神力の持ち主であり、母から贈り物として授かった蓮型の耳飾りを愛用している。
もう片方の子どもと同じく黒髪ではあるものの、長さは肩までしかなく、更に一般的な成長前の男子のように頭頂部から三つ編みにしてはいない。また、女性のような黄金と水色の宝石のついた頭飾品を常日頃から身に付けていて明らかに男としてではなく偽の女として過ごしているのが分かる。
「どうしたのです、兄上……そんなことでは父上のように立派な王になどなれませんよ?順番でいえば我より兄上が生まれたのが先なのだから、いくら母上の望みとはいえ、そのように情けない女子の格好などせずに我のように日頃から鍛練を積み重ね、父上の長子であるスメンクカーラーとしての役目を果たすべきなのでは?」
活発な方の子どもが、崩してしまった体勢を何とか整え直そうと無我夢中の怯えている方の子どもへと自信たっぷりな声色で言い放つ。
「だ、だが……ツタンカーメンよ。私には、この姿が一番落ち着くのだ。母上や他の女性たちのように音楽を聞き、ミセンタから取り寄せた様々な果物を食べ、色とりどりの宝石に囲まれる……そんな穏やかな生活が私は好きなのだ」
今まで怯えきっていたスメンクカーラーが珍しく大きめの声で弟のツタンカーメンは言った直後、周りにいた神官や書記――あるいは二人の付き人までもが呆れたように眉をひそめつつ笑い声をあげてくる。
「まったく、これだから兄上は____」
一番身近で過ごしている弟にさえ侮辱されながらもスメンクカーラーは何も言わない。
周りの者から強い言葉を言い返されるのが怖くて何も言えない。
弟であるツタンカーメンは、ふと口元をゆるめると遠慮なく兄の背中をたたく。勿論、本気の力は込めてはいない。
「そんな調子で明後日に行われるカバ狩りに参加されるつもりなのだから、心配で堪りません。言っておきますが、血を分けた兄弟だからといって手加減はしませんよ?」
「あ、ああ……それは分かっているとも____いつも、ありがとう」
(真剣に戦ってくれて____)と、何となく気恥ずかしくて後に続くその言問は口に出来なかった。
自身と比べてどんなに力が劣っていると分かりきっていても、ツタンカーメンは決してカバ狩りの時に手加減はしない。
そうすることで兄であるスメンクカーラーに対して最大の侮辱行為をしてしまうということを幼いながらも賢い彼は理解しているのだ。
しかし、弟であるツタンカーメンと共にいると――どうしても自らの足りない部分を思い知らされてしまう。
いくら己が母であるキヤや周りの美しく魅了的な女官達のように華やかな存在になりたいと願っているとはいえ、父アクエンアテンはそれを気高き王の血を分けた息子達に決して望んではいない。
父アクエンアテンは王を継ぐ者には【力】が全てであり、それがない者は存在意義などありはしないと考えているのだ。
そのことは昔からスメンクカーラーを悩ませている。決して長い時間とはいわないが父と共にいる時も、果てはすれ違った時でさえ【力】のあるツタンカーメンに向ける期待に満ちた目線とは違って、自分に向けてくるそれは、まるで氷の如く冷たい。
次期王継承者である弟と違って父親から全く期待されていないのだ、と思わざるを得ない。
久々に父と対面するカバ狩りに参加するのは実を言うと憂鬱でしかないのだが、それでも楽しみだと思うことはある。
カバ狩りの時な高慢な神官や賢さを鼻にかけている書記の者がいないが故に【弟よりも弱い兄】という役目を演じる必要もなく、(父がいない時に限るが)弟と真剣な勝負を行えるし、何よりも武官で唯一心を許せるホセも同行してくれるからだ。
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