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第2話

「それはそうと、兄上……今宵は久々に父上が遠征から戻ってこられます。何でも、エジプトの外にあるミセンタの内のひとつ____ウリガンという地に赴いて政治について彼方の王と話し合いをなさったとか……」 木剣での鍛練が終わり、二人は宮殿の廊下を歩いている。 ミセンタとはエジプトの外の国を総称する呼び名で次期王として学を積んでいる最中のツタンカーメンはスメンクカーラーと比べて遥かに知識がある。 様々なミセンタの特産品や武器のことなんかも詳しいため、よく贈り物を献上されるツタンカーメンから現物を見せてもらいながら教えてもらっているのだ。 スメンクカーラーの後ろには、せいぜい二、三人しか付き人がついていないが既に次期王として立場が定着している気高きツタンカーメンの後ろにはざっと見ても十人以上の付き人が付き従えている。 その付き人の中には宮殿内で最も低い立場である【奴隷】もおり、蝿避けのためと父王が命じたせいで全身から強烈な蜂蜜の匂いを漂わせている者も何人かいた。 正直にいって、この奴隷の身から放たれる蜂蜜の匂いに慣れていないスメンクカーラーは早く己達が過ごす殿へ戻りたいと思っていた。 しかしながら____、 「流石、父上は誇り高き太陽神ラーの意志を継がれる立場の現王であられる。我も早く父上からこのエジプト王の意志を継ぎたいものです」 己と比べ物にならないくらいに父アクエンアテンを尊敬しきっているツタンカーメンの気分を害さないようにと、些細な困り事は胸の内に秘めてスメンクカーラーは殿へ向かって歩いて行った。 ______ ______ 父との久方ぶりの面談を終え、ようやく己の殿に着くと、スメンクカーラーは金と赤の麻紐を丁寧に編んで作られた寝板へ勢いよく沈み込んだ。ぎしりと音を立てて激しく揺れたが、父上から頂いた上質なもののため簡単には壊れたりはしない。 更に父上が信頼する専門の職人に象牙でこしらえさせた頭当てに疲れた身を任せるうちに、徐々に気分が落ち着いてくる。 先程この殿へ着く前に、遠征から帰った父アクエンアテンと弟ツタンカーメンと共にジンギャを終えたばかりのスメンクカーラーだったが横になるや否やすぐに眠りの世界へと誘われそうになってしまう。 しかし、今から少し前にやんちゃな弟から聞いた言い伝えの話を思い出して両目を瞑りそうになっていた状態から我にかえる。 『兄上……誇り高き王族であるというのに、まさか知らないというのですか?そうやってジンギャを終えた後ですぐに眠りにつくと冥界の神オシリスの気分を害してしまい、それ故に一生死者の国へゆけなくなってしまうという言い伝えがあるのですよ____』 ジンギャとは寝る前に野菜や肉を食べることであり、朝と昼に行われ豆や果物といった簡易なものを食べるサージンとは別の習慣だ。 いつだったかは忘れたが、愉快げに此方へ語ってくる弟の姿を鮮明に思い出し、スメンクカーラーは先程までの眠気はどこへいったのやら、途端に身震いをしてしまう。 むろん、この殿の内部が寒いからではない。 誇り高き【冥界の神オシリス】に見放され、永遠に死の国にゆけず虚空を漂い続けるだけでしかない《哀れな魂》となるのが心の底から恐ろしいせいだ。 (明後日はカバ狩り____ツタンカーメンの邪魔にならぬよう態度には気をつけなければ――父上もきっと、それを望んでいらっしゃる____) スメンクカーラーが頭の中で思案していると、やがて微睡みつつ眠りの世界へと誘われていくのだった。 ______ ______

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