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第3話
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ついに、この日がやってきた。
我ツタンカーメン――いや、次期王後継者ヤークフの名を授かった我が偉大なる神の次に気高き王という存在へ一歩近付く日____。
ヤークフとは現王を継ぐ後継者たる者にのみ与えられる呼び名のことであり、この宮殿内において我の【存在意義としての名】だ。
我をツタンカーメンと本当の名前で呼んでくれるのは、兄であるスメンクカーラー、他には武官の纏め役であるホセと赤ん坊の頃から世話をしてくれている付き人のアイしかいない。
例外をいえば、女人には他にも数名いるにはいるが――いずれにせよ、我を産み落とした実の母キヤでさえ『ツタンカーメン』と呼んではいない。
その理由は、明確だ。
母は父王アクエンアテンが恐ろしくて堪らない、何かと従順で自分の意見などまるで主張しようとしない臆病者なのだ。
それどころか、実の息子であるこの我に対してさえ目を合わせようともしない。強いて言うならば、父上の後に続いて『愛おしいヤークフ、立派な王になることを母は望んでおりますよ』と――いつ会っても同じような言葉を発するだけだ。
思えば我は母から兄スメンクカーラーのように頭を撫でられた記憶も、笑顔を向けられて名前すら呼ばれた記憶もない。
昨夜よく眠りにつけなかったのは、この忌まわしい記憶が頭にこびりついているせいなのだろうか____。
(いや、今はそんな下らないことを考えている暇などない……今日は我の威厳を示すカバ狩りの日なのだ――早く身支度をせねば____)
『みっともない真似を皆に曝す訳にはいかない……特に父上にだけは____』
黄金の柄、そして真実の姿を写す銅でつくられた円形の鏡を手にしつつツタンカーメンは決意をあらわにする。
カバ狩りはやがて王になるために必要な通過儀礼のうちのひとつであり、年齢は関係なく正式に《成人》となるべく行われる競技でもある。
つまり、このカバ狩りでツタンカーメンは何としてでも最低一頭はカバを狩る必要があるということだ。
もちろん狩った数が多ければ多いほど皆は称賛し父にも次期王として認められることになる。
寝不足などと言ってはいられない____。
(アンケセナーメンからもらった孔雀石を余分にとっておいてよかった……これで目の下の異変にも気付かれないだろう――普段よりも少し多めに塗ればいくらか誤魔化しがきく)
これで、父上からも怪訝に思われることはないだろう。
父上から次期王ヤークフとして認められれば、我はそれだけでいい。
さあ、カバ狩りに出かける時がやってきた。
次期王後継者ヤークフとしての役目を立派に果たすことを期待してくれている皆を待たせる訳にはいかないのだ。
我はそのために生まれ、そして今も日々を過ごしているのだから。
「ヤークフ様、カバ狩りの時刻にございます」
「今すぐに向かう……そなたは先に皆の所へ行くがいい」
一度息を深く吸い、吐いてからツタンカーメンは目の模様が描かれた黄金の椅子から立ち上がり、皆が待つ王宮の外のに船着き場へと急ぐのだった。
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