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第4話
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ナイル川を隔てた先にある砂漠の方から風が吹いてくる。
決して強風という訳ではなく、髪がなびく程度の弱風であり、涼むにはちょうどいい。
《カバ狩り》という王家の者にとっては避けては通れない重大な行事であるためスメンクカーラーは気を引き締めながら船に乗っていた。
(今日はツタンカーメン――いや、ヤークフにとって重大な儀礼の日____)
(ヤークフを差し置いてカバを狩ることはしてはならない……まあ、力がないゆえに狩ることは無謀であるともいえるが、とにかくヤークフよりも目立つようなことは……あってはならない____今日は立会人としてヤークフ付の神官達がいるのだ……仮に狩るにしても、せいぜい子カバ一頭が限界か__)
王宮内には、階位という制度が存在している。それは《最高位》《中低位》《最低位》といった三つに区分されている。
最低位が【奴隷】【料理人】【化粧職人】の者であり、中低位が【武官】【王族付の守人】【星読】の者――そして頂点に君臨するのが【現王】【その他の王族達】【神官】といったぐあいだ。
王族以外の者で、最も権威があるのが【神官】であり唯一《現王》と《ヤークフ》に政治や勉学のことについて進言することを許可されている位の高い身分なのだ。
スメンクカーラーは元より王後継者として期待などされていない。
そのため神官達とは、さほど交流はない。
せいぜい、よそよそしく挨拶されるのと月に何回か行われる集会でしか関わらないのだ。
だが、次期王後継者であるヤークフの称号を得ているツタンカーメンは違う。
一日の食事全てはもちろんのこと、寝る時ですら一人の神官が側にくっついているし、食事に至っては食べる物すら自らで決めることが許されない。
その都度、神官が「あれを食べて下さい」「それはこれを食べてからでお願いいたします」等と口を出してくる。
寝る時に着る衣服や装飾品に至ってまで口を出してくるのだから、ツタンカーメンはさぞかし息の詰まる思いをしているのだろうと頭の隅で分かってはいる。
スメンクカーラーは何とか神官達にその行為を止めさせてもらえまいか何度も頼もうとしたのだが、神に最も近しいとされる父王アクエンアテンの存在が、神官達の行為を受け入れざるを得ない空気にしてしまう。
現王の次に誇り高い【ヤークフ】の身の回りの世話をすること自体が、王族の次に気高いとされている【神官】の最も重要な仕事だからだ。
(さぞや息苦しい思いをしているに違いない____だが、弟は私などとは比べ物にならぬほど心が強いゆえ、弱気など吐くに値しないということなのだろう……父上の期待を背負い、人々の役に立てるとは何と誉れ高いことか…………)
そんなことを思って船着き場にて弟を待ち続けていたスメンクカーラーだったが、背後から、ふいに軽く肩をたたかれ驚いてしまう。
「な……何だ、ホセではないか____急に現れたものだから心の蔵が飛び跳ねてしまうかと思ったぞ……それにしても、予定ではツ____いや、ヤークフ様と共に来る筈ではなかったのか?」
そこには、片方の手に柄が木でできていて鋭く尖った穂が立派な槍を持つ武官の纏め役の青年ホセが立っていた。
咄嗟に身構えてしまうスメンクカーラーだったが、そんな態度をとったにも関わらず、周りの神官達と違って、意地の悪い笑みを浮かべながらからかうこともせず普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながら、お辞儀してくれたため安堵してしまうのだった。
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