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第6話
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父王アクエンアテンは、まだ遠征地から着いてはいない。
しかし、そんなことなどお構い無しといわんばかりに、ツタンカーメン付きの神官達は彼が子カバを次々と狩る毎に大袈裟な素振りで称えているのだ。
スメンクカーラーは先程から自分のことは空気同然だ――と思いながらも、心の内では弟の活躍に胸を踊らせながら控えめな拍手を送っていた。
すると、拍手喝采の合間に神官達お得意の会話が聞こえてきて、スメンクカーラーは思わずツタンカーメンの方から目線を逸らせて俯いてしまう。
『まさか、あの御方がカバ狩に参加するなど思いませんでした。偉大なるヤークフの引き立て役に過ぎぬというのに、まったく面の皮が厚いのも困りものですな____』
『いやいや、あの御方は日頃から――あろうことか女の身振りをして周りの者どもを誑かすような下劣な御方ですぞ。大方、今日のカバ狩の参加もやましい考えがあってのことと私は思いますがね____』
涙が溢れ出そうになるのを必死に堪えながら、何とか平常心を保とうとするスメンクカーラーだったが、どうしてもツタンカーメンの方をまともに見られず心の中にはカバ狩へ参加したことに対する後悔の念でいっばいになってしまっていた。
しかし____、
「兄上……さあ、一緒にカバ狩を行いましょう。大丈夫、やり方は簡単です。この木舟に乗りながら、この槍を子カバ目掛けて投げればよいだけ。父上に報告すれば、きっと兄上の勇姿に対して感嘆の声をかけてくれるでしょう」
あろうことか時期王候補ヤークフという立場につき、遥かに格の高いツタンカーメンが、先程自分に対して非難の込もった会話をしていた神官達を鋭く睨み付けて庇ってくれたことに気付いたスメンクカーラーは遠慮がちになりつつも槍を差出してきた彼の言葉に従うのだった。
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ツタンカーメンとの対決を承諾してから、どのくらいの時刻が経っただろうか。
いざ、カバ狩に参加してみると思いのほか熱中してしまい時間を忘れてしまっていたスメンクカーラーだったが、ふと遠くの方から伝令係の太鼓の音が聞こえてきて手を止める。
ちょうどスメンクカーラーが二頭、ツタンカーメンが四頭の子カバを狩った直後の出来事だ。思いの外、二人の狩った数の差が出ていないのはツタンカーメンに疲れが出てきたせいだ。
「申し上げます、偉大なるアクエンアテン王――来訪、来訪!!現在地はス・ミに至るとのこと____皆、その場に待機せよとの御命令!!」
スメンクカーラー達だけでなく武官の皆が皆何個かの部隊に分かれてカバ狩に興じていたものの、若き伝令係が叩く太鼓の音が聞こえてきた途端に、一斉に手を止めたため不気味なほど静けさが支配する中で、ひときわ大きく野太い声が響き渡る。
ス・ミとは今いる場所から、そう離れている土地でもないため
「尚、来訪時にはウリガン王ソジアク様も同行されるとのこと____以上!!」
伝令係の男は自らの役目を終えて颯爽と何処かへと去っていったが、その場に待機しているスメンクカーラーを含む皆が皆――驚きを隠せなかった。
今まで一度たりとも他人をカバ狩に誘う素振りすら見せなかった父アクエンアテンの唯一無二の同行相手が、あろうことか自らと同い年であり尚且つウリガンのソジアク王だからだ。
(ヤークフの立場にいるツタンカーメンも、さぞかし驚いたに違いない____何せ同い年のソジアク王が父と共にカバ狩を見にくるのだから…………)
もしかしたら自分と同じように間抜けな顔を伝令係の男へ向けていたのではないか____と、妙な好奇心が勝ったせいで何の気なしにツタンカーメンの方を見つめてみるスメンクカーラー。
ツタンカーメンは無表情のまま微動だにせず、その場に佇むばかりだった。
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