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第7話
偉大なるエジプト王アクエンアテンの来訪を知らせる太鼓の音が鳴り響いてから、少しはかり経った頃のこと。
その場にいる皆のざわめきが、辺り一帯を支配する。
今まで何回もカバ狩りを行い、日頃から仕える下々の者を唸らせるほどに百戦錬磨と称えられるツタンカーメンが、初めて子カバを仕留め損ねたのだ。
「…………」
普段はツタンカーメンを褒め称えるばかりの神官達も唖然としていて、先程までは小鳥のように喧しかったにも関わらず、ここにきて石の如く黙りこんでしまったのだ。
更にツタンカーメンが仕留め損ねただけではなく、あろうことか散々己よりも下に見ていたスメンクカーラーが逆に子カバを二頭仕留めたせいで狩った数が並んだのだから閉口するしかなかったのだ。
それと同じく、スメンクカーラーも驚きを隠せない。
今まで碌に武道を嗜むだけでなく学ぶことすらできなかった自分が、武官のリーダーとして皆から信頼を得ているホセと肩を並べるほどの実力を持つツタンカーメンと同じ数の子カバを狩れるとは夢にも思っていなかったからだ。
「い……っ……偉大なるヤークフ、如何されましたか?よもや、体調でもお悪いのでは____」
「いや……体調は万全____。故に、これは私の失態だ。つまり、まだ実力不足だということであり……それ以外の理由などない」
しかし、ここにきてようやく気まずい沈黙の場を救う者が現れる。それは何十人も連なる神官の内の一人でしかなかったが、この緊迫しきった場の空気を少し和らげることに成功したため周りの神官達も胸を撫で下ろす。
「偉大なるヤークフ、我々は皆____誇り高き貴方様が日々鍛練しているのを痛いほど理解しております。それ故、先程の件はヤークフとは別の原因があるのではないかと…………」
神官の内の一人の男が発言しただけで、途端に鋭い視線がスメンクカーラーに注がれる。
軽蔑、憎悪、怒り____ありとあらゆる負の感情を一斉に向けられ、辟易してしまったスメンクカーラーは思わず手にしていた槍を落としてしまう。
すぐさま、それを拾い上げるツタンカーメン____。
しかし、ほとんどの者から向けられ続ける敵意に困惑し、顔面蒼白となりながら震い上がるスメンクカーラーへと直ぐに槍を渡す前にツタンカーメンは先程発言した神官の内の一人の方へ向かって堂々と歩いてゆく。
そして、何ら躊躇せずに彼の顔へ向かって、この日のために丹念に磨きあげられた槍の切っ先を突き付ける。
ツタンカーメンの瞳は軽蔑と憎悪に満ち溢れており、それは神官の男の顔が凄まじい恐怖に満ちつつ腰を仰け反らせていても一切変わることはない。
「それすなわち、ヤークフの命に背くということ。命が惜しくば、その汚ならしい口を閉じて二度と我々のことに構うな。よいか、それを約束するのであれば……命までは奪わぬと誓おう。このヤークフの命に従うのならば、今すぐ頭を垂れて兄上に平伏し、そのまま離れるがいい」
神官の男はツタンカーメンのあまりの剣幕に恐れおののき、ひきつった笑みを浮かべながらスメンクカーラーへ頭を垂れて平伏の意を示すと、そのまま木舟に乗る列の最後尾にまで退いた。
「これよりカバ狩の再開とする!!これからが我の腕の見せ所____皆、我に続け……っ……!!」
そして、ヤークフの勇ましい掛け声を合図に、ようやく落ち着きを取り戻した面々によるカバ狩が再び繰り広げられるのだった。
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