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第8話

カバ狩は、佳境を迎えていた。 それというのも、遂に何十人もの奴隷やウリガンの付き人兼武官――更にはウリガン王であるソジアクを付き従えて現王アクエンアテンが到着したからだ。 一際大きく豪華絢爛な舟に乗り、アクエンアテンの舟はスメンクカーラーとツタンカーメンが乗っている木舟のすぐ右側へ移動してくる。 (父上が来るだけで空気が張り詰めている……ツタンカーメンの調子が戻ったとはいえ、この息が詰まる感覚は、やはり苦手だ____) スメンクカーラーはアクエンアテンと目が合い、思わず目線を逸らしてしまう。 しかしながら、アクエンアテンの関心はあくまでもツタンカーメンにあるようで、針のごとき鋭い視線を向けるだけでなく周りの者達を一斉に縮こまらせてしまうほど凄まじい怒号を放つ。 「ヤークフよ、これまでの成果は全て伝令から伝わっておる。全くもって、情けない。王の器にさえ至らぬスメンクカーラーに追い付かれるなど……いったい、今まで何をしていたのだ……っ____」 ツタンカーメンの槍を持っていた手が途端に止まってしまう。しかし、彼の表情はぎらぎらと強い輝きを放つ太陽が照らし続けているせいで、よく見えない。 だが、槍の先端が川の水面に半分浸かっているせいでツタンカーメンの手が父から放たれた怒号を耳にした直後から小刻みに震えているということが、近くにいるスメンクカーラーにはよく分かっていた。 そんなことはお構い無しだ、といわんばかりにツタンカーメンに対する父王アクエンアテンの説教は衰えることがない。 「王は【力】が全てであると日頃から忠告していたはずだ……それにも関わらず、この結果ということは日々の鍛練が甘かったということに過ぎない。お前は【王】に……つまり、父であるこの私の足元に及んですらいない……っ____!!」 常日頃から特に次期王となる未来が約束さ!ているヤークフに対して格別に厳しい態度で接するアクエンアテンだが、それにしても今日の父の怒りは凄まじいものだ――と、自身が叱責されている訳ではないにも関わらず、余りの恐ろしさに両膝が震えてしまうスメンクカーラー。 しかし、突如としてアクエンアテンの傍らから手を叩く音が聞こえてきたため呆気にとられながらも、そちらへと視線を向ける。それは、スメンクカーラーやツタンカーメンだけではなく神官達や武官達までもが意外そうに目線を向けてきたのだ。 「偉大なるエジプト王よ……いくらヤークフの未来のためとはいえ、そろそろ終わりにせぬか?せっかくのカバ狩の興が覚めてしまうではないか」 ウリガンの幼王ソジアクが、口元に手を当てて欠伸を噛み殺しながら発言したため、スメンクカーラーはいい気がせずに思わず半ば睨み付けるようにして彼を見つめてしまう。 すると、ちょうど目線をさ迷わせていた彼と目が合った。 そして、その時本能的に気がついた。 (ソジアク王の言葉は本心ではない……彼はヤークフであるツタンカーメンを気遣って、わざとあんな風に父上へ言ってくれたんだ…………) そんなことを、呆然と考えていたせいだろう。視線も、ずっとソジアク王の方へ向けてしまっていた。 だから、この時は異変に気付けなかったのだ。 自らの背後から、魔の手が忍び寄っていることを____。

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