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第10話

______ ______ 予想外の出来事が起こったものの、無事にカバ狩が終わり夜宴が催されている最中のことだ。 今宵の宴は、特に大盛況で普段は酒を飲めない神官達でさえ殆どの者が赤ら顔になり奴隷から差し出されたビールの入った盃を片手にフシークと呼ばれるボラを発酵させた料理や羊肉を丸ごと焼いたもの――更には大量の生ガキを口に運び舌鼓を打っている。 父王アクエンアテンは隣にソジアク王を座らせ、満足げに踊り子達の優雅な舞いを見つめ続けていたが、ふいに扉が開かれたことで目線をそちらへと移す。 満足げに微笑みを浮かべているホセが入ってきて、アクエンアテン王の前まで向かって歩いていくと、そのまま恭しく頭を垂れて無言のままお辞儀する。 すると、突如としてアクエンアテン王はスッと立ち上がる。 この段階では、アクエンアテン王が母カバを仕留めた勇気ある武官の長ホセに対して、その功績を認める言葉を述べるものかと思っていた。 既に酔いつぶれている神官達も、彼によって命を救われたスメンクカーラも、更には王の隣にいる異国のソジアク王でさえも――そう思い込んでいたのだ。 むろん、それは張本人であるホセが一番そう思っていたに違いない。 しかしながら、アクエンアテン王の次の行動は周りにいる者達の予想を遥かに裏切ったことを思い知らされてしまう。 「この、未熟者め____貴様は武官の長という立場だというのに下の身分の者らの教育さえ碌に出来ないというのか。この国の未来に一番必要なのは【力】だ……。王である私や息子のスメンクカーラーが危機に晒されているのに貴様の下の者達が何もしなかったのは何故か____!?貴様の監視と教育がしっかりされていないせいだ」 先程までの酔いしれて殆どの者が夢見心地だった賑やかな空気は、いったいどこへやら____。 突如として、凄まじい怒りをあらわにしたアクエンアテンによって室内は静寂と張り積めた空気に包まれてしまう。 アクエンアテンがここまで怒りをあらわにするのは珍しく、遂にはホセに対して厳しい言葉を放つだけでは飽きたらず、護身用として常に腰布に巻き付けている鞭を手に取る。 そして、呆気にとられて身動きすら碌にとれずにいる彼に対して容赦なくそれを振り上げて打ち付けたせいで乾いた音が辺りに響く。 「く……っ____!?」 日々鍛練を積み重ね、もはや芸術的ともいえる逞しい肉体を誇りに過ごしてきた武官たるホセといえど、流石に怒りに震えるアクエンアテンの容赦ない鞭打ちを受けて、体の所々が赤くなり酷いと血が滲んでしまっている。 スメンクカーラーが直接その罰を受けている訳ではないが、端から見ていても、ホセの苦痛は自らが受けていると錯覚させる程に恐ろしいものだと理解できるため思わず身震いをしてから彼が鞭打ちされ赤くなっている箇所と同じ部位をさすって痛みの緩和を試みようとしてしまう。 「ち……っ……父上____いくら何でも、その____」 スメンクカーラーではなく、ツタンカーメンが遠慮がちに制止しようとするも、それは激しい怒りに支配されている最中のアクエンアテンの両目の眼光に阻まれてしまう。 しかし、その時――ある者の手を叩く音で場の空気が一変する。 「アクエンアテン王よ……叱責は、それくらいで終わりにしては?今は盛大なる祝宴の場____次期エジプト王候補のヤークフとはいえ、緊張することもあろう。更に、お主の大事な息子とならば、今宵の叱責はそれくらいにしてはくれぬか?何よりも余が尊敬する理解者たるお主にも、むろん期待しているヤークフの辛い顔をしてほしくはないのだ」 今までミセンタの一部であるウリガンから来訪して以来、まるで置物のように口を閉ざしてきたソジアク王が、年相応に穏やかに微笑みを浮かべつつ、怒りに身を任せたアクエンアテンを制止する言葉をかける。 そこからは、あれだけ凄まじい怒りをあらわにしていたアクエンアテンが途端に別人のように穏やかになり、今までの出来事が嘘だったかのように宴が再開された。 しかし、アクエンアテンは鞭打ちされ傷ついたホセの介抱をする訳でも――ましてや、ヤークフとしての誇りを傷つけられて、黙り込み俯いているばかりのツタンカーメンを気にかける訳でもなく神官達と酒盛りをし始めソジアク王と共に談笑し盛り上がるばかりだ。 「あ…………っ______」 遂には、ツタンカーメンはその場から何処かへと去って行ってしまうが、豪快な笑い声をあげて酔い潰れ始めたアクエンアテンはそのことにすら気がついていないに違いない。 ふと、目の前にたっぷりある酒に手をつけようとしないソジアク王と目が合ってしまうスメンクカーラー。 『もうしわけない……』 声を直接出すわけではなかったが、口の動きで彼が自分に対して何を伝えようとしているのか理解できた。 ソジアク王は傷ついたツタンカーメンの心を癒すことができず、更に引き止めることができなかったことを悔いて父アクエンアテンに気付かれぬように謝罪してくれたのだ。 (彼は……とても優しい良い人だ____) ____と、スメンクカーラーの心がほんわりと温かくなった直後、背後から急に腕を掴まれて驚きながらも慌てて振り向く。 苦しげに呻いていた、ホセと目が合った。 余りにも真剣に見つめているものだから側にいてくれることが嬉しい反面、緊張してしまう。 慌てて目を逸らして彼の腕から自らの腕を引き抜こうとするも、それを許してはくれないホセ。 『傷ついた体の手当てをしたいのです……むろん、貴方様が付き添ってくださるのなら――これ以上の幸福はございません』 腕を掴む力は半減したものの、その代わりにといわんばかりに身を引き寄せられ、今度は耳元で囁かれる。 あくまでも普段通り優しい声色で、乱暴に身を引き寄せられたわけではなかったためスメンクカーラーは安堵する。 『わ、分かった……ちょうど今、傷薬を持っているから、どこか別の場所で____』 『それでは、グルシュ殿へ参りましょう』 囁き声ながらも、スメンクカーラーの言葉を途中で遮り、はっきりと答えるホセ。流石に苦笑するスメンクカーラー。 しかしながら、ホセは相変わらず爽やかな笑みを浮かべていたため、提案を断るということはせずに宴会から抜け出すと目的地まで歩いて行くのだった。

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