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第15話
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(ここが、父上が神を崇めるべく建てようとしている未完成のピラミッドなのか____)
父王アクエンアテンが自らの権力を誇示すること――それとエジプトの地を守ると神々を崇めることを目的に民達に建てさせている《ピラミッド》を眼前にしたスメンクカーラーは、まず石を加工する職人《石工》として働いている者、更には質素な料理を作り労働者全員に提供する《匙工》として働いている者、そして加工された石を目的の場所に運ぶだけの《奴隷》がいるのだけれど、想像していた以上に労働者の数が多いため呆気にとられてしまう。
(まさか、こんなにも大勢の民が父上のために働いているなんて、ここにきて初めて知るとは……何とも、愚かなことか____)
そう思いつつ、何の気なしにツタンカーメンの方へ目線をやると、腰巻きに小刀を身に付けていることに気付いて思わず『あっ…………』と声を漏らしてしまいそうになって慌てて呑み込んだ。
あろうことか、護身用に腰巻きへ身に付けるべき【小刀】を、ついうっかり神殿内に忘れてきてしまったのだ。
神官や武官達に守られ安全な神殿から危険極まりない【外の世界】に赴くのだから備えは充分に行うのだ――と、父アクエンアテンからあれほど忠告されていたにも関わらず____。
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「ホセよ、ここが……こんな粗末な場所が父上が我々を碌に構わず邪険にしてまで建てようと執着してるピラミッドなる建物なのか?」
未完成のピラミッドの内部に足を一歩踏み入れるなり、隣に立つツタンカーメンの呟きが聞こえてきた。
「偉大なるヤークフ…………そのように下品な御言葉は謹んで下さいませ。そのような文句の言葉は一部の低俗な民が口にすることはあれど、あなた様はこれからのエジプトの未来を担うヤークフなのですから____」
スメンクカーラーには、この未完成のピラミッドに足を踏み入れて直後からツタンカーメンが苛々しているのが、本能的に理解していたため、恐る恐るゆっくりと目線を彼の方に向ける。
「そんなことは聞きたくない……っ____父上は息子である我々を放っておいて、いったい何をするつもりなのだ。それでもエジプトを守るために政治に対して必死になるのは理解できる。だが、何故父上はよりによって存在するかしないかも理解できぬ《神》を崇める建物を作っているのか____答えるのだ、ホセ……!!」
幸いにも周りには、身を粉にして作業にいそしむ民達の姿はない。
だから、この騒ぎは彼らには聞こえていないに違いない。
しかしながら、ツタンカーメンの【怒り】と【不安】の言葉は四方八方を冷たい石壁で囲まれているが故にひときわ大きく反響する。
それに、響き渡っているのは弟の叫びだけではない。
自慢の穏やかな笑顔を崩して珍しく険しい目付きのホセがツタンカーメンの頬を叩く音も、よく聞こえてきたのだ。
スメンクカーラは、慌ててツタンカーメンを庇うように両手を広げながらホセの向かいに立ちはだかる。
「父であるアクエンアテン様にお聞きすればよいのでは?ヤークフ、私はあなたならばエジプトの未来を繁栄を守っていけると信じております。故に、あなたには自覚して欲しいのでございます。《神》を悪く言うことを神官達は許すことはないでしょう……さすれば、ヤークフの地位は崩れ去り、アクエンアテン様もさぞかし気落ちされるということを忘れなきよう。とはいえ、先程は申し訳ございませんでした」
ホセは、前に立ちはだかるスメンクカーラーを自然に避けると、そのままツタンカーメンに膝まずいてから彼の右腕を優雅にすくい取り、手の甲に軽く口付けする。
そして、すっと立ち上がり側にいるスメンクカーラーに気付かれないように慎重に声を潜めてヤークフにこのように囁きかけるのだった。
『そんなだから、一番欲しいものを手に入れられないのですよ』
固く両拳を握りしめ、目に涙を浮かべる己を見せまいと無言でホセの側から素早く離れると、そのままスメンクカーラーを置き去りにしたまま奥へ続く扉へと進んで行くのだった。
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