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第16話
一人通るのがやっとではないかという程に狭い石洞を慎重に進んで行くと、ようやく比較的広めの場所に着いた。
先程いた場所とは違って、決して広大とはいえないながらも、何十人かの石工や半裸の奴隷達が汗をたらしながら黙々と作業しているのが分かる。
信じられないことに、今作業している奴隷の中には同じ年頃の子供が混じっていることに気付いて、スメンクカーラーは外の世界の【現実】を突き付けられてしまう。
王族からそれなりに認められ一人前の作業人として扱われている【石工】の中には子供など存在はしない。
しかしながら、【石工】にひたすら石を運び届けるだけの【奴隷】の中には、男の子供から老人――果ては明らかに栄養が足りていないであろう痩せこけた若者までもが混じっていて作業の手を止めようものなら側にいる【石工】の纏め役から容赦なく鞭打ちされている。
「あ……っ____!?」
焦りをはらんだ声が、どこからか聞こえてきたため、スメンクカーラーはすぐさま目線をそちらへと向ける。
一人の男が、とても大きく重そうな石を支えきれなくて地に落としてしまったのが見えた。それは、明らかに栄養が足りておらず痩せこけてしまっている若者だ。
慌てて駆けより、男を助けようとしたスメンクカーラーだったが、それはすぐに阻止されてしまう。
「兄上……いったい如何なさるおつもりですか?」
ツタンカーメンの矢の如く鋭い二つの目がこちらに向けられ、スメンクカーラーは思わずたじろいでしまった。
「こ……っ……この者は明らかに、この作業には向いていないように思うのだ。下手したら、怪我をするだけでなく命までも奪われかねないのではないか。ツタンカーメンは、それでも構わないというのか?」
「ええ、構いませんとも。父上は我々に民の様子をよく観察してくるようにと仰った。王位継承という立場から外された兄上であれば、この能無しの男を庇う言葉を述べるのも理解できましょう。けれど、我は違う……っ……!!我はヤークフ。命尽きるまで父上の掲げる理想を支え続け、更には後の世に継承する義務がある」
【恐怖】の視線____。
【不安】の視線____。
【不信】の視線____。
針のような視線が一気にスメンクカーラーに襲いかかり、思わず口をつぐんでしまう。
改めてよく周りを見渡してみると、それらが一旦作業を止めて此方を見つめ続けている【石工】と【奴隷】達から注がれるものだとようやく理解できた。
「流石は偉大なるヤークフにございます。貴方がエジプトの未来を担うのであれば、この作業を民達に命じているアクエンアテン様も、さぞかし御安心なさることでしょう。偉大なるヤークフであられる貴方ならば、この哀れなる若者に何を与えるべきか……既にお分かりのはず____」
「…………」
ホセの言葉を聞いた後、ツタンカーメンは無言のまま頷くと、呆然と佇んでいる【石工の纏め役】の男の方へつかつかと歩み寄っていく。
乱暴に男の手から鞭を奪い取ったツタンカーメンは、痩せこけた若者が謝罪の言葉を何度も口にしながら慈悲を懇願する様を目の当たりにしても、眉ひとつ動かさずに無表情のまま枯れた植物のように瑞々しさがない肌に向かって繰り返し鞭打ちを続ける。
しかしながら、今度は意外な人物が邪魔に入る。
「父さん……っ____!?」
恐怖から何も言えず、ひたすら立ち尽くし事の顛末を見守るばかりだった群衆の中の一人が、とうとう我慢できなくなったせいか勢いよく飛び出してきて、若者の元へ駆け寄るとツタンカーメンを睨み付ける。
「父さんがいったい何をしたっていうんだ?そんなに石を落とすことは悪いことなのか……っ……こんな酷い目に合うくらいに悪いことなのかよ……っ……!?」
群衆の中にいる者の中で、唯一といっていいくらいに勇敢な男の子供は次期王位継承者のヤークフであるツタンカーメンを前にしても、たじろぐことなく素直に感じたことを問いかけてくる。
「よいか、奴隷の子よ。我が父上が存在するおかげで生きていられる貴様らが、あろうことか父上の偉業を成す行為に泥を塗ったのだ。特にお前の父はピラミッドを建てるための貴重な石を地に落とすという愚行を働いた。本来ならば槍打ちの刑に処されるのが妥当なところだが、鞭打ちにしておいてやるだけ感謝せねばならぬというのに____」
意外にも、ツタンカーメンは若者の息子に対しては口元に笑みを浮かべ、声を荒げることもなく至極冷静な態度で問いかけに答える。
だが、次の瞬間____
「いったい、何が不満だというのだ……っ____!!」
突如として、凄まじい怒りをあらわにしたツタンカーメンは腰に携えていた小刀を持つと、凄まじい勢いで目の前にいる子供の頬へ突きつける。
「あ……っ……う……ぁぁっ____」
子供がよろけながら、咄嗟に右目を押さえたのだ。目に直接突き刺さったわけではないようだが、目の付近に切り傷ができてしまっていて、そこから出血しているのが見える。
カランッ____
声を張り上げることで威勢を保ったものの、流石に本気で刃先を突き刺す気など、ツタンカーメンにはなかったのか、小刀を落としてしまった。
「ああ、それでこそ偉大なるヤークフ。貴方の今の行動を父上であられるアクエンアテン様に報告すれば……さぞかし、お喜びになられることでしょう。さあ、次なる目的地に参りましょう。むろん、スメンクカーラー様も御一緒にでございます」
地に落ちた小刀を拾い上げ、誇らしげにツタンカーメンへとそれを渡すホセ。
ちらり、と辺りを見渡したスメンクカーラーは目を傷つけられた子供が此方を鋭い目付きで睨み付けていることに気付いてしまう。
直接的にスメンクカーラーが奴隷の子供に対して何かをしたわけではないのだが、心の中に罪悪感を抱いてしまった。
しかしながら、突如として背後から近づいてきたホセから両肩を押さえつけられたことによって、呻き声をあげている最中の子供の元へ近づくことすらできず為す術なく、この場を去るしかないのだった。
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