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第22話
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それを目の当たりにした瞬間に言葉を失い、冷たい砂の床に膝をついて、拳を叩きつける。
血が滴り落ちて床を汚すが、もはやそんなことはヤークフにとって些細なことであり、ましてや喧しい神官達は此処にはいないのだから知ったことではないのだ。
しかし、今直面している、この悍ましい【出来事】に関しては、気楽に目を背ける訳にはいかない。
(父上____何故なのですか……っ…………)
※ ※ ※
そもそものきっかけは、医師であるアメクが発した言葉だった。
太陽が徐々に沈んでいき、広大な空を橙に彩る夕刻時のこと。ツタンカーメンは、父アクエンアテンを探していた。特に理由などなく、久々に甘えてみたいと思っただけのことで、極稀にだが少しばかりのひとときを二人きりで過ごすことを特別に許されていたからだ。
(ヤークフではない兄上とは違う、これは俺にだけ………父上が俺にだけ許して下さる特別なひとときだ_____)
そう思うだけで、足取りは軽く鼻歌まじりで父がいる筈の寝所へと向かって歩いて行く。
しかし、ツタンカーメンはふと足を止めてしまう。
父の寝所の前に、神官でもなく医師でもない【奴隷】のみすぼらしい姿の男が立っていたからだ。
まるで、ツタンカーメンを待ち伏せでもしていたかのように、その男は此方に目をやるなり下品な笑みを浮かべてきた。
(な……っ……何なのだ__あの無礼な奴隷の男は____)
一度は、困惑の色を浮かべ得体の知れぬ恐怖と微かな怒りから自然と体が強張ってしまい、そのまま直立不動となってしまっていたツタンカーメン。
だが、目線を怪し気な男の顔から少し落とした時にある重大な事実に気がついてしまう。
(あの者が首にかけている首飾り――あれは元神官の比較的地位が高い奴隷が身につけるものだ____)
ここにきて、父アクエンアテンの顔が思い浮かぶ。
『良いか、ヤークフよ。ここにいる者共は皆が皆下等な奴隷である。だが、その奴隷の中においても地位というものがある。労働者層の奴隷に対しては何をしても構わない……好きにするがいい。だが、元神官層の奴隷に対してはある程度の節度を持って接するのだ。間違っても、その存在を無視することはせぬように____』
かつて、父アクエンアテンが奴隷の群衆を前にして自らに忠告した場面を思い出し、致し方なくツタンカーメンはゆっくりと男の方へ近づいて行った。
そして【ある物】を受け取り、その直後に男は正気を失った。何か訳の分からないことを繰り返し呟きながら、その目は虚ろになり、あろうことか此方に向かって襲いかかろうとしてきた。
咄嗟に男を突き飛ばした時には、既に衣服は殆どはだけていて、まるでミセンタから贈られてくる陶器の置物ように美しく艶やかな肌が露出していた。
その際に男は背後にある柱に後頭部をぶつけてしまい、そのまま床に倒れてしまった。
倒れ込んでから暫くの間は半開きになった口から相変わらず『第………の目__三……の___』などと訳の分からない言葉を焦点の合わぬ目で虚空を眺めながら呟いていたが、やがて何も言わなくなりやがてゆっくりと目を閉じてしまった。
(こ……っ……これでは、まるで____)
ツタンカーメンは、戸惑いを隠せずに慌てて衣服を直すと、渋々ながらも男の方へと近寄っていき、まだ息があるかどうかを確認することにした。
幸いなことに男に息はあるようで、安堵する。
だが、その直後のことだ。
「ヤ…………ヤークフでございますか?」
すぐ側から、聞き覚えのある声が聞こえてきて咄嗟に出てきそうになった悲鳴を何とか飲み込むと、そちらへと目線を向ける。
医師のアメクが、困惑の表情を浮かべながら立ち尽くしていた。その様を目の当たりにして、ツタンカーメンは先程、奴隷の男を突き飛ばした瞬間を目撃されていたことを直ぐに察知してしまう。
「…………っ_____」
男を突き飛ばした光景を目撃されたからには、下手なことは言えない。
しかも、更に間の悪いことにアメクの傍らには弟子の少年がいる。だからこそ、余計に軽薄な言葉は言えずに黙っているしかなかった。
自然と顔が強張り、唇が小刻みに震えてしまう。アメクの顔を、目をまともに見れないのだ。
「まだ息がある。そうとなればこの病人には、ナツメグの汁が効く筈です…………メディ、あなたは、すぐにそれを持ってきなさい」
アメクは、ツタンカーメンに何も問うことはなく直ぐ様奴隷の男の元へ近寄って、困惑を露わにすることなく淡々と弟子へと命じる。
その場に、少しの間――沈黙が流れる。
明かりの炎がパチパチと燃える音だけが聞こえてきて、逆に気まずくなったツタンカーメンが遂に口を開く。
「アメクよ、我に…………何も聞かないのか?」
すると、男の方へ目線を落としていたアメクがゆっくりと顔を上げる。ここにきて、ようやく互いの目と目が合う。
そして、静かにこう答えたのだ。
「何を問いかけることがありましょうか…………私はヤークフを信じております。それよりも、ヤークフ____」
「な……っ____何事か!?」
アメクは、穏やかに微笑みかけてくる。
「今、胸元にかけていらっしゃる首飾り――それは、特別な力が秘められたものと聞いたことがあります。何でも、望むものを見ることが可能だとか…………試してみてはいかがですか?」
※ ※ ※
こうして、ツタンカーメンは父アクエンアテンの遠征地であるウリガンのソジアク王の寝所を奴隷の男から意図せずもたらされた首飾りによって盗み見ることに成功した。
だが、皮肉なことにその結果として深く絶望することになったのだ。
父アクエンアテンの秘密を知り、絶望しきったツタンカーメンはその日の真夜中に一人きりで【ヌカザビドの広場】へ駆けて行き、独り星見をすることにしたのだった。
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