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第23話
一方でスメンクカーラーといえば、珍しく寝付きが悪く何度か瞼を無理やり閉じてみても眠りの世界へ誘われる気配すら感じられないと悟ったため、致し方なく窓辺で夜風に当たろうとしていたところだった。
ヤシの葉が、爽やかな夜風に靡く音が聞こえてくる。
月は空を覆う雲に隠れていて、時折隙間から魅惑的な光が微かに漏れている。
(あれはツタンカーメンではないか___こんな夜更けに付き人を一人と付けずに宮殿の外に出るなんて珍しい……しかも、向かっているであろう場所は_____)
一旦は実弟の行動を深く気にすることもなく、何の気なしに目線を移したスメンクカーラーだったが、少しばかり時間が過ぎてから、ようやくある違和感に気付く。
ツタンカーメンが向かっているであろう場所が、父や母が暮らす外宮であったり、或いは神官達が住む《レムネ宮》ならば彼の今の行動も何となくとはいえ理解できる。
しかし、奴隷が互いに身も心も慰め合うことを許される唯一の場所である【ヌカザビド広場】ならば話は別だ。
【ヌカザビドの広場】は奴隷が気兼ねなく足を踏み入れてもよいとされる唯一の場所であり、王族――ましてや次期王となりうる高貴な立場のヤークフは近付くことさえ禁じられている筈だ。
もしも、この事実を父や神官達が知ることになれば《ヤークフの剥奪》はおろか、最悪の場合《処刑》の可能性すらでてくるだろう。
むろん、スメンクカーラーには父や神官達にこのことを密告する気など微塵もないのだが、全身を纏わりつく不安と恐怖はそう簡単には拭うことができない。
幾ら深夜とはいえ、ここは父アクエンアテンが支配する広大で神聖なる神殿____。
邪な想いを腹にかかえる何者かが、虎視眈々とツタンカーメンの行動を物陰から監視していても、何ら不思議ではないのだ。
居ても立ってもいられなくなったスメンクカーラーは軽く身支度を整えてから、足早に【ヌカザビドの広場】へと駆けて行くのだった。
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こうして地面に仰向けになりながら、他の者の目を気にすることなく在るがままに身を任せ、星見をすることなど何年ぶりだろうか。
ツタンカーメンは、深呼吸をして過去の光景を思い出そうとしていた。
(あれは、確か_____)
かつて一度きりだが、父アクエンアテンと二人きりで星見をしたのを思い出す。
《ヤークフ》と呼ばれるのが当たり前でなかった頃の話だ。そうとはいえ、今まで一度も父から名を呼ばれたことなどなかった。
だが、そうだとしてもその記憶が自らの心から今でも消えていないのは、父の手の大きさや温かさを心地よいと知っているからだ。
(そうだ……………)
(だからこそ、俺は……………)
かつて父とのひとときを思い出そうとすればする程に、自然と頰が赤く染まっていく。
本来ならば、抱いてはいけない劣情___。
本来ならば、口にすることすら悍ましいとされる恋心____。
それが分かりきっているからこそ、今までずっと実の兄であるスメンクカーラーにさえ己の醜い感情を吐露してこなかったのだ。
だが、ここにきて事態が変わってしまった。
まさか、部外者であソジアク王と父アクエンアテンとが秘密のひとときを共有し、互いの心の内を理解する親密な間柄だとは夢にも思わなかった。
(これは…………怒り、いや……不安なのか_____)
もはや、先程から纏わりついてくる己の気持ちすら理解できず、どうしたらよいものかと仰向けになりながら両目を瞑ることしかできないツタンカーメンだが、すぐ側から人の気配がすることに気付いて慌てて目を開ける。
すぐに、スメンクカーラーだと気付いて何とか己の心の内を悟られないように、誤魔化し笑いを浮かべるのだった。
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