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第24話

ツタンカーメンは兄の予想外の行動を目の当たりにし、少しばかり気まずそうに俯いてしまう。 てっきり、こんな夜更けに何をしているのかと自らの行動に対して叱責されてしまうと思い込んでいたのだ。 しかしながら、スメンクカーラーは何も問うことはない。  そのまま静かにゆっくりと近寄ってくると、隣に座って同じように眩い光に彩られる星空を見上げる。 何分か待ってみても、兄から何も言われることはなく沈黙に包まれるばかり____。 「兄上…………何故、何も言わないのですか?」 「ツタンカーメン、この極上のひとときを引き裂いてしまうと分かっていても、そんな些細なことを気にしているの?」 スメンクカーラーは、此方を見ることなく口元を緩やかに綻ばせつつ穏やかな口調で問いかけてくる。 本当ならば、兄のそんな態度を有難いと感じるべきなのだろう。 いつも近くにいる喧しい神官や他の王宮にいる奴隷以外の者達とは違って、禁忌を犯している自分に対して叱責したり軽蔑の目を浮かべている訳ではないのだから_____。 (兄上は、昔から変わらない……………) (自分のことよりも、相手を想う…………そんな優しい兄上_____) 安堵すると同時に、心の片隅に良からぬ思いを抱いてしまう。 いや――正確にいえば、目の前にいる兄と、ある人物の姿を重ねてしまったというべきか。 だからこそ、ツタンカーメンはどうしても自分の秘密――、即ち【血の繫がりのある実父に対して禁断の想いを抱いていること】を兄に告白するのを断念してしまう。 王家の血筋を古くから辿っていけば、近親婚は決して珍しいものではない。実の親や、兄弟(妹)と婚姻した王族など星の数ほどいる。 それらは全員が全員、政治の都合上で目上の身内から命令され、心の底から相手に対して【愛】など抱いていない状況で、あくまでも形式上致し方なく行うものでしかなかった。 だが、ツタンカーメンの場合は違う。 心の底から、父である現王アクエンアテンを深く愛している。 憎きソジアク王の姿を一度でも重ねてしまったからには、広大なエジプトという国の未来を背負うには負担にしかならない【罪】と【秘密】を兄に曝すことが、どうしても赦せない。 しかし、こうして人目を気にせずに今よりもずっと幼い頃のように仰向けになりながら兄弟二人きりで夜空にきらきらと瞬き続ける星を眺めていると、普段は重荷となっているものが少なからず消えてゆくのを感じる。 そして、自然と一筋の涙が頰を伝っていくのに気付いたツタンカーメンは慌てて裾で拭う。  いくら身近で過ごしてきた兄とはいえ、涙を見せるのは恥となる気がしたからだ。 『よいか、いくら気高き血を分けた身内とはいえ弱みを見せるのは【恥】であり、同時に【罪】なのだ。幼い今は分からずともよい。だが、決して忘れるな。余の言葉を深く心に刻み、神に仕えるのに相応しい王となるのだ』   今よりも更に幼い頃には分からなかった父王アクエンアテンの呪いの言葉____。 数年経って、ようやく身に染みて理解できたと思えるのは、立派な王に近付きつつあるからに違いない――とツタンカーメンは心の中で必死に自らに言い聞かせる。 「何と、魅惑的な星空だろう。ずっとお前と二人でこのまま過ごしていたい……立場など気にかける必要もなかった幼い頃のように――だが、私達には守っていかなければならない未来がある。過去のことばかり、言ってはいられないな」 同じように仰向けになった後に、心の内では何を企んでいるのか分からない楽しそうな兄の言葉が聞こえてきて、ツタンカーメンは複雑な気分になりながらも頭上に広がる星を目で追っていく。 「我が弟ツタンカーメンよ、他の者が聞いてない今だから聞くが、お前はアンケセナーメンのことをどのように思っているのだ?父上から、お前はやがてアンケセナーメンと婚姻し、立派な王となるのだと言われたものだから気になってしまったんだ。将来、気高き王としてアンケセナーメンを幸せにすると約束してくれるな?」 (アンケセナーメンだと…………?) (なにも彼女が大嫌いなどとはいわないが………アンケセナーメンとの婚姻など、我にとっては心の底からどうでもよいことだ……っ……) (それに、それに――何故、目の前にいるこの男はそんなことを聞いてくる…………まるで、我を____我を……っ……) 決して口には出せない思いを必死で呑み込みながら、ツタンカーメンの目に飛び込んできたのは、じたばたとみっともなくもがく一匹の黒い虫。 不器用なのだろう。 黒い虫は他にも何匹かいるが、その虫だけ行列からはみ出るばかりでなく、ひっくり返ってしまったらしい。 本来は足を地につけなくてはならないのに、背中を地面につけてしまっている状況を目の当たりにしてしまう。 側にいるスメンクカーラーに気付かれないよう半ば無意識の内に視線の片隅に捉えた小さな不器用な黒い虫を素早く地面から拾い上げると、心の内から湧き出てくる悍ましい感情を早急に消し去るべく手の内で潰す。 そして、こう答えるのだ。 「嫌だなあ、兄上………今まで多くの時を共に過ごしてきたアンケセナーメンを幸せにしない筈がないではありませんか。彼女は幼い頃から共に過ごしてきた大切な存在です。妻となった後でも大事にすると――あの夜空を流れる魅惑的な星に誓ってみせましょう」 (我を信用していないと言っているようなものではないか……っ………ヤークフにすらなれない弱々しい兄上のくせに____) その直後、ツタンカーメンの目に映るのは、一筋の流れ星。 「あ……っ…………流れ星____流れ落ちない内願い事を唱えれば叶えてくれるとアメクが教えてくれた…………」 むろん、同じ星空を眺めているスメンクカーラーの目にも流れ星は映っている。 そして、目を瞑り胸元で両手を組みながら願うのだ。 スメンクカーラーはエジプトの【幸せな未来】を____。 スメンクカーラーが弟の願い事の内容を尋ねるべく、ゆっくりと目を開けてから振り返った時には既に彼は音もなく静かに去ってしまっていた後なのだった。

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