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第25話

_____ _____ 時が経つのは、実にあっという間だ。 現王の血を継ぐ二人の息子は見事に成人となり、遂にアクエンアテンの口から「王位をどちらかに譲る」と御達しが出た。 そのため、神官達も他の従者も、それどころか奴隷達までも総動員して宴の準備に追われている。 最も盛大なる宴とはいえ、御達しが出た日の三日後に行われる《サジェク》――いわゆる《次期王を讃える行列の儀式》に比べれば忙しさが段違いなのだが、それでも重要な行事を迎えることに変わりはない。 むろん盛大なる宴の準備に追われているのは、膨大な数の臣下達だけではなく、現王の息子であるスメンクカーラーとて夜明け前から食事すらままならない状況で宮殿内を駆けずり回っていて、太陽が頭上まで昇る時刻の今となってようやく自らの身支度に取りかかる余裕が出来た。 まず、初めに行うべきことは《化粧》だ。 普段ならば御付きの奴隷や神官らが《化粧》を施してくれる。しかし、特別な一日とされる【ルタヤ】である今日だけは例外であり、幾ら現王から命じられ、己が信頼できる相手だろうと、現王の血を引く自分以外の者が体に触ることは許されてはいない。 神にも等しい王候補の者の体に直接触れるのもを許されているのは、あくまでも【ルタヤ】や【サジェク】の儀式を進行している最中でのことだけだ。 そもそも、この化粧の段取りでさえも神に近しい立場として相応しいか見極める【儀式】の内のひとつに過ぎないのだ。 儀式を行う上で《次期王後継者候補》として最も重要とされるのは【個性】が出る化粧だ。 どのような色の顔色を使用し《変化》を遂げるのか____。 どのような香水を使用し《変身》するのか___。 どのような装飾品を身に着け天上に暮らすと言い伝えられている神々の目を愉しませるのか____。 現王アクエンアテンのみならず、数多く平伏す臣下の神官や奴隷達の手前、本当ならば心に余裕を持ち、しっかりと自らの頭で考えるべき化粧の手順なのだが、無意識のうちに筆を取りたどたどしい手付きで目元の化粧を施し始める。 (待てよ、そういえば_____) かつてツタンカーメンが【ルタヤ】の日には、風変わりなキフィを使用したいと言っていたのを思い出す。 そして、少しだけ躊躇した後に側に置いてある壺を手に取る。  キフィとは王族の肌の手入れには欠かすことがない《香油》であり、ハチミツと香草を塗り固めたものを粉にした後にそれを焚いて使用していることが多い。 しかし、目の前に映るキフィは香草の代わりに香花が使用されていて、極めて高級品であるだけでなく、いかに王族といえど中々手に入れられない珍品だ。 今や碌に皆の前に現れなくなったツタンカーメンにとって、このキフィは特別なのだ。 そして、スメンクカーラーはその特別な代物を譲り受けた。 弟が皆の前から忽然と姿を消してしまう前日の夜に____。 母キヤが好きな青睡蓮の花とハチミツで塗り固めたキフィが焚かれて周囲に漂う煙をぼんやりと目で追ってしまう。  ツタンカーメンは父王や神官達によってヤークフの座から降ろされてしまう可能性があり、下手をしたら罪人にすらなりかねない状況にある弟のことを心の奥底から不安に思い続ける。 そして、ヤークフであるツタンカーメンは本来ならばとっくに宴の場に姿を現していなければならない時刻だというのに、その報せが伝令の者から聞かないということは参加する気がないのだということを思い知らされて更に気が重くなってしまう。 (今宵の宴にまで参加しないということは…………ヤークフの立場を放棄するのと同意だ____) 自らの【個性】を主張するために、麻でできた女性用のカラシリスを身に着け、更に赤い腰布を巻きつけながら憂鬱さに襲われてしまう。 たが、もしかしたら自分よりも先に宴の場に来ているかもしれないという僅かな希望を捨てることが出来ずに、スメンクカーラーは複雑な気持ちになりながらも弟に託された特別な青睡蓮のキフィの爽やかな香りをたっぷりと肌に馴染ませる。 そして腰くらいまである長めの黒いカツラを被り、額に瑪瑙と金の飾りを装着すると、唇に赤色黄土をはみ出さないように丁寧に塗る。 ようやく重い腰を上げて、そのまま宴の場まで向かって行くのだった。 _____ _____

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