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第27話

____ ____ その翌日のことだ。 まだ陽が昇る前から目を覚ましたスメンクカーラーは、今までは弟に仕えていた筈の父王によって選別された神官達に囲まれ、周囲の都を行進する通過儀礼【サジェク】に参列するべく普段の礼服を脱ぎ、生まれたままの姿となり神聖なる時間とされる《ウルベ》が来るまで一言も話さず食べ物すら口にせず、天上から天地を支配する神々に向けて礼拝室内で瞑想を行っていた。 《ウルベ》とは、人々の頭上に日が昇る時刻のことで、この儀式はウルベ(十二時)になるまでは決して神聖なる礼拝室の中から外には出てはならないという確固たる決まりがある。 そもそも礼拝室の外には、大勢の神官達が新たなるヤークフが逃げ出すなどという愚かなことをしないように厳重に見張っているし、この部屋の中に他の部屋に繫がる通路でもなければ脱走など不可能である。 風音すら聞こえない程の静寂に包まれ、必死で恐怖と戦いながらも両手の平を合わせ続けて己の心を《無》にすることを試みる。  だが、つい先日までは現王の血を引いているとはいえ幼い頃からこの特別な日々を過ごしてきた弟とは違い、ほぼ一般的といえる生活を送ってきたせいで父王や神官達から注がれる無言の重圧に緊張で押し潰されそうになってしまう。 永遠にも思える長き瞑想を終えた後に、どうしても躊躇してしまう儀礼の手順があることを思い出す。 すぐにでも、この場から逃げ出したくなってしまい両目を固く閉じた。意外なことに、少しして瞼の裏に浮かんだ人物の姿は父王アクエンアテンのものではなく、ましてや信頼している武将のホセや弟のツタンカーメンのものでもない。 数多なる神官達から《変人》だとか《神官として失格だ》と噂されている【アイ】の姿だ。彼の幻影は心底嫌そうな、そして面倒臭そうな表情を浮かべてはいるものの、不思議と嫌悪感は抱かない。 それどころか、瞼の裏に彼の幻影を見たことで腹を括る決意をしたスメンクカーラー。 外にいる神官の一人が、外側から石壁を叩き《ウルベ》となったことを報せてくれた。 これから待ち受ける苦行さえ乗り越えれば、後は市民達が暮らす街を行進するだけであり、さほど苦痛は感じることはない。 たった一つの試練____。 それは、偉大なる神々から与えられたエジプトの地に恩恵をもたらす雄大なナイル川に赴き、なおかつ現王は勿論のこと、大勢の神官・武将・医官らの目の前で己の聖魂を放出して今まで以上に信仰心を強めるのに必須な儀式である。 そうとはいえ、神々に対して己の魂――つまり命を差し出す訳ではない。 エジプトという広大な地の未来永劫の繁栄において、とても重要とされる《種》をナイル川へと放出するのだ。人間にも《種》がなければ未来を繫ぐ【子孫】は出生できない。 これからのエジプトの未来だけでなく、愛する弟や信頼できる皆を守り続けていくために、必須な儀式と心では理解している。 しかしながら、その片隅では余りの屈辱に皆の前で子供のように叫び出し、あろうことか【現王の息子】という誇り高き立場を捨ててまでも、拳を固く握りしめ何度も勢いよく床へと打ち付けたくなるという気持ちもある。 しかしながら、首を何度か左右に振り、震える唇をぎこちなく引き上げる。 「それでは、こちらの舟にお乗り下さい」 見覚えのある神官の顔をちらりと見つめてから、スメンクカーラーは言う通りに舟に乗り込み、静かに波打つナイル川の中央まで移動するのだった。

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