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第33話

____ ____ 「ホセ、あれを見て……っ……!!あそこにはいったい、何があるのだろう?あんなにも人がいっぱいいるのは町以外で初めて目にしたぞ____」 あれから、数日経ってスメンクカーラーは約束した通りにホセと共に宮殿外へ赴いていた。ヤークフとなりて、外出が赦されないと 落胆していたが、意外にもある事件が起きたことで父王から許可が出たのだ。 ある事件とは、【ある者が亡くなりエジプト中の者達が喪に服す】といったものだ。 いかに気高き神々に愛され王の血を分けたヤークフであれども身分の低い民や奴隷以外の誰かが亡くなり【喪に服している間】はエジプトから出なければ外出を自由にしてもいいという決まりがあるため、神官達や王でさえも厳しく言及することはなかった。 むろん、アメクの部下であり才能のあった医官が突如として命を失ってしまったのは、とても心苦しい。だが、何も《この世での生》を失ってしまったからといって悲しむだけではない。彼のミイラは丁重に埋葬され、ありったけの護符を埋め込み魂が器から離れても晴れて冥界の王オシリスの支配する《死者の国》へ行った後安らかなる眠りにつき続け、やがて無事来世にて転生出来るようにしておいた。 (現に、彼は魂が器から抜けても安らかな顔をしていた……) とはいえ、その原因が不明なのは気がかりだ。アメクが言うには、彼には持病はなく肉体的にも精神的にも弱っていた訳ではないらしい。 「スメンクカーラー様、まだあまりお元気がありませんね。やはり、あの医官が天へ召されたのが気にかかるからですか?」 「……っ___」 やはり、ホセに対して己の正直な気持ちを誤魔化そうとするのは難しい。 「確かに原因は気がかりではあるが、私はあの者の魂が無事にオシリス神から寵愛を受けて幸せにアアト(死者の国)で過ごしていると思っているのだ。 「それでは、いったい……何が不安だというのです?」 「ただ、あれからアメクが気を落としているのが気になってしまっていて。正直、その様は私以上に落ち込んでしまっているように思う。アメクに、もしものことがあったら……私は……っ……私はヤークフの地位を捨ててしまおうと思う程に不安で堪らないのだ」 つい、弱音を吐き出してしまった。 今はホセとコルシを担いでいる四人の奴隷達しかいないから、さほど問題はないものの、もしもこの会話が神官達や王族に聞かれてしまえば即刻処罰を受け兼ねない重大な失言を発していることに、ようやく気付くと慌てて口を噤んでしまう。 「す……っ……済まない。ヤークフであるにも関わらず私は恐ろしい失言をしてしまった。今の言葉は聞かなかったことにしてくれ」 「いいえ……スメンクカーラー様。分かっていれば良いのです。なにせ、今の貴方様の心の状態は普段よりも弱くなっておいでですので大きな問題などありません。そろそろコルシを降りて、あそこまで行ってみましょう」 そう言って、ホセが指差した場所は先程からスメンクカーラーが気になっていた《人が沢山いる場所》だ。 先にコルシを降りたホセが念入りに辺りを警戒しながら、二人で四方八方を砂漠に覆われた行路をひたすら歩いて行く。 「それで…………結局、ここは何をするための場所なのだ?」 「ここはオアシスでございます。主にミセンタとエジプトの間にて行商を行う民達が羽を休める為の場所――といえば分かりやすいですかね?」 長らく広大なる砂漠しか目にしていなかったスメンクカーラーだったが、そこの場所にだけヤシの木に囲まれた水場があり、人だけでなく様々な動物までもがいる。 ス・ミについては【自然豊かな土地】としか聞いたことがなかったし、頭の固い神官達がス・ミが存在することに対して否定的な意見ばかり口にしていたため、こうして実際に現地を訪れることで存在意義を己の目でしっかりと確かめることができた。 「皆はス・ミなど失くしてしまい神々を祀る建物や、もしくは歴代王族を称えるための建物をこしらえた方が有意義だと申すが、私はそうは思えぬ。人や動物達の憩いの場――とても美しい場所ではないか」 「どうやら気に入って頂けたようで、光栄にございます。スメンクカーラー様、あちらをご覧下さい__あれが、ウリガンの地によくいる孔雀にございますよ」 極彩色の羽を畳んだ一羽の孔雀が、身を屈めながら水を飲もうとする姿が見えて、ヤークフという立場も忘れて興奮しきったスメンクカーラーは幼子のようにホセの制止の言葉も聞かずに、あろうことか意気揚々と駆け出してしまっていた。 そのせいで、地に落ちていた石に気付かずよろめいてしまったスメンクカーラー。幸いにも何とか踏ん張ることで転びはしなかったが、懐に入れていた蜂蜜の入った小瓶を落としてしまう。 すると、すぐ近くから一人の男がやってきて小瓶を拾いあげて、此方へと差し出してくれた。 「おや、これは……これは__。どなたかと思えば、つい先日ヤークフになられたばかりの御方ではありませんか。初めまして、与は明日から宮殿付きの武将となり貴方や現王にお仕えすることとなったホルエムヘブと申します。以後、お見知りおきを____」 「え………っ___あっ……その……」 ホセに負けず劣らず屈強な肉体を持ち、肌もこんがりと灼けているその男は飄々とした笑みを浮かべつつ砕けた口調でホルエムヘブと名乗ってくる。  その名前だけは昔から父王に聞いていたのだが実際に会うのは初めてだったとはいえ一目見て悪印象ではないゆえに、そこまで警戒心は抱くことはない。   だが、それでもやはり緊張してしまったために反応に困ってしまった。そのため、すぐ近くにいるホセの方へ目線をやる。   「な………っ……義理の兄上様?何故、ここにいるのですか?」 「何故、とは――?与が休暇で此処にいてはいけないというのか?まあ、先日ウリガンの地にて数多なる民から祝福を受けた、ある不幸な少年の葬儀があった。ゆえに、彼の魂を偲ぶ地にこの場を選んだという理由があるにはあるがな。それにしてもホセ、随分と久方振りではないか。何度も文を送らせたが、何故に与と繋がることを避けていたのだ?」 それきり、ホセは黙り込んでしまう。 だが、スメンクカーラーは気が付いてしまった。 唇を固く噛み、屈辱の表情を浮かべている忠臣の姿に_____。
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