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第一話 そよ吹く風は、君の匂いがして 4

 咲いたばかりの花の香りが風に攫われ空を舞い、窓から部屋の中へと運ばれた。その香りは鼻をつくほど強すぎはせず、それでいてもしっかりと主張をしている。こうして瞼を閉じて瞑想をするのは彼の日課であり、会議の無い日はゆっくりと部屋で過ごすのが至福のひと時なのだ。 ギィ…と開かれた扉の向こうから段々とこちらの方へと近づいてくるその足音で、その者が誰なのかを察した。瞼を閉じたままで居るのはその者を信用しきっているためである。 レイク 「……遅くなりました。」 セルリオ 「何をしていた?戻るのは昨日の夕時であったはず。」 レイク 「ええ。その筈でしたが、帰路の途中でサランドの兵と遭遇したため、それを回避するために迂回し……」 セルリオ 「私を欺く時、お主は何を思うのだ?」 レイク 「…………?」  ゆっくりと開かれる瞼から伸びる長いまつ毛が上を向く。その瞳は(かたわ)らに(ひざまず)くレイクではなく正面を見つめている。(あるじ)からのその言葉の意味は十分に理解している……疑っているのだ、この自分のことを。 セルリオが遠出から戻ったばかりのレイクを連れ神堂へと顔を出したのは、あの会議から二日後の昼下がりのこと。念で他のメンバーに召集を掛ける程の事柄でもなかろう、そう判断した彼は今日その場に居合わせたメンバーにレイクを連れて来た事を告げ、軽い尋問を始めた。 セルリオ 「お前には身寄りが居ないと言っていたな。……それは誠か?」 レイク 「えぇ。以前にも申した通り、幼き頃に町ごと全て焼き払われた故に私には親も親族も残されておりません。隣国の内戦に巻き込まれ、多勢の武装兵士が争いには無関係であった我が町をも襲いました。」 「……それならば誰がお前を匿い育て上げたのだ?」  それを問い掛けたのはセルリオではない他のケルスの一人であった。レイクは主ではないその者からの質問にも、主と同じケルスの一員であるとして敬意を示しながら答える。言いづらい何かに言葉を詰まらせるレイク。少しだけ迷ったようなその横顔をセルリオは見逃しはしなかった。 レイク 「……母のように慕っていた者がおり、その者は顔も名も知らぬ私を我が子として育ててくれました。焼け野原になった町の片隅で私を見つけ、初めて抱きしめてくれた時に「自分も自らの子を失い一人孤独だったのだ」と言いました。その者と私以外に切り捨てられず焼き死なずに済んだもの(生存者)は居ませんでした。可食な食料も夜中に凍えずに眠れる場所も町には残されておらず、私たちはそのまま旅をして回りこの地へと辿り着きました。」 セルリオ 「……その者は今、どうしておるのだ?」

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