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第二話 そなたの帰りを待つ者 4

ジョシュア 「ただ今戻りました……。」  窓から外を眺める大きな背中に話し掛けた。その背中がゆっくりと動き、その者はこちらを向いた。 「相も変わらず生意気な顔だな。」  葉巻の先端を切り落とし、トントン……と余分なカスを振り落とすと反対の手の人差し指を上に向け、その先に小さな炎を点けた。 ジョシュア 「父親に似たって言いたい所だけど俺は……」 「母親似だなぁ。」  ジョシュアが言い終わる前にそう言った父、して殺し屋本家のこのターナー家の主、エドワード・ターナー。 エドワード 「ママの顔が恋しくなったのか?」 ジョシュア 「……勝手に言ってろ。」  ひやかす父に呆れた顔を見せるジョシュアはエドワードの書斎の窓際にあるソファーに腰掛けた。 エドワード 「ライアンにはもう会ったのか?」  その名前を聞いて眉をしかめたジョシュアは肘掛けに肘を付き、窓を眺めて返答した。 ジョシュア 「……いいや、まだ。」  「願わくば彼には会う事のないままここを去りたいものだ。」反射して窓ガラスに映るジョシュアは呑気にそんな事を考えている。窓ガラスに映るジョシュアの顔をじーっと見つめながら、葉巻に火を付けることさえも、自分の指の先に火を灯した事すらエドワードは忘れてしまっている。 何も告げぬままある日突然この屋敷を出て行き、何の便りもよこさずに何百年も……全く親の気も知れずに。そして不意にひょこっと帰って来たこのドラ息子、何をどこから聞いていいやら……。 エドワード 「友人を連れて来たらしいな、お前でもそんなものが作れたとは驚いた。」 ジョシュア 「この家に居るよりよっぽど良いよ、外の世界は。」 エドワード 「……血は飲んでいるのか?」  これまでは上手く返してきたが、その質問には引っ掛かってしまった。最後に生き血を口にしたのは、あの夜ホテルでクリスの血を味見した時だ。愛する心とは反するようにこの身体が彼を拒絶した。 ジョシュア 「……まぁ、たまに。」  やはりその体に杭を打ち込んで家出が出来ないようにしてやるのが一番か。ろくに血も飲めやしないヴァンパイアが生き残れるほどこの世界は易しくは無い。 わりかし自由には育ててきたつもりだ。人並み以上に学業をさせることも無く、家の仕来りや細々なルールを押し付けた覚えも無い。……何が不満だったのか、口数の少ないジョシュアの心を読むのは昔から苦手であった父。 エドワード 「獣人をあんなに大勢連れてきて何のつもりだ?動物園なら他で開園してくれないか。」 ジョシュア 「あの家族はババロンの一味に追われている。俺の知る限りこの屋敷が何処よりも安全なのと、親父とライアンに少し聞いておきたい事があってな。」 エドワード 「ほう、パパに何でも言ってみなさい。」 ジョシュア 「……(怒)」  気に食わない表情で視線を反らしたジョシュア。どうやらこの冗談は効き目があったらしい。 (せわ)しなく親指を交互にグルグルと回しながらこれまでの生活や友人について、そしてクリスは友人であるという設定の上で彼の血の事についてや道中で知り合ったザック達や組織の事を打ち明けた。辿って話を進めていく中、ジュリアの父であるベンが幾度か部屋に入り二人の飲み物を注ぎ足した。 ベン 「久しぶりでございますお坊ちゃま。お元気そうで何よりでございます。」 ジョシュア 「君たちの顔が見れてほっとしたよ。いつもこの屋敷を支えてくれて感謝している。」 ベン 「いいえ、身に余るお言葉で御座います。」  相変わらず優しい笑顔で迎えてくれるベンは、幼い頃からジョシュアの面倒をよく見てくれていた、ジョシュアが家族以上に信用している存在だ。 エドワード 「そのクリスという少年の親族に会ったことは?」 ジョシュア 「無い。帰る家はあるみたいだが、一度も招かれた事は無い。」  ……思えばクリスが彼の家族について教えてくれたことはほぼ無い。ヴァンパイである自分を信用しきれぬ故か、それともミイラ族の中で何か厳しい掟の様なものが存在するのかは分からない。それも含め父に説明した所、どうやら彼もミイラ族にはそこまで詳しくはないらしい。 エドワード 「……血を飲むのがそんなに嫌か?ヴァンパイアともあろうものが。」  エドワードは呆れた表情で先程点け損なった火をジュ…っと葉巻の先にかざした。じわじわと葉巻の紙が赤く染まってゆき、そこから立ち始める煙が躍る様に天井へと上っていった。 ジョシュア 「血の味は好きじゃない。」 エドワード 「まぁそれも個性か。それはそうと、これはここだけの話にしておいて欲しい事柄なのだが……」 ジョシュア 「……?」  コーヒーをすするジョシュアが片方の眉を上げ、父の話に興味を示した。父は葉巻の先に溜まった灰をトントン…と灰皿に落とし、こう話し始めた。

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