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第二話 そなたの帰りを待つ者 6

エドワード 「お前も聞いた事があるとは思うが……」  そう話を切り出したエドワードは葉巻を口にくわえ、自分の座る椅子の背後に置かれている木製の立派な書類棚の隅から薄汚れた一枚の紙切れを引きずり出した。 エドワード 「この世界のどこかにはモーリスと呼ばれるエルフの民が存在し、その者達の体内に流れる血には不思議な力が宿ると言われている。その血を口にすればその体質も少しは変わるのかもしれん。真実か否かは俺にも分からんが……試してみる価値はあるのかもしれんな。」 ジョシュア 「……モーリス?伝説の種族だと思っていたが……実在するのか。」 エドワード 「モーリスは存在する。……だがこれだけは覚えておけ、奴らの血には相性がある。」 ジョシュア 「……相性?」  コクリと頷き席を立つとエドワードは片方のズボンのポケットに手を入れ窓の淵に腰を掛けた。そしてもう片方の手で葉巻を口から離し、再び話し出した。 エドワード 「……噂が噂を呼び、その噂が独り歩きをし、その内容が今では馬鹿らしいおとぎ話と成り果てたが……真実を俺は知っている。」  降ろした両手を自らが座る窓枠にのせると、エドワードは顔を伏せたままその視線だけをジョシュアに向けた。 エドワード 「噂の元となった事実だ、これを知っている者はそう多くはなかろう。その噂には【真に心清き者には永遠の命を、欺く者には絶望を。】とあるがこんなものはただのデタラメだ……この噂の真実を知りたいか?」  先程ベンが注いだ赤ワインの入ったワイングラスの上で、エドワードは自らの指先を反対側の人差し指でスっとなぞった。その鋭い爪が作った切り傷から滴る一滴の血がポタ……っとワインの中に落ち、色の違う赤色がマーブル状に混ざってゆく。 エドワード 「エルフの血を口にした時、実際には何が起こるのか……お前にそれを教えてやろう。」  ゴクリ……と唾をのみ込んだジョシュアは黙ったまま父の話に耳を傾けた。 エドワード 「これは魔法でも(まじな)いでも無い、化学反応の一種だ。その血が自らの体のつくりを変え、永遠に長く保つことができるのか……それともその血が自らの体の細胞を破壊し滅ぼすのかはすべて己とその血の相性次第。相性が悪かった場合は体の細胞が破壊され続け、最悪お前は死ぬ。それだけ強力()つ得のある物にはそれなりのリスクが伴うものだ、理にかなっているな。」  魔法や呪いであった方がジョシュアにとっては都合が良かった。化学反応でこの体がクリスの血を拒絶しているのだとすれば、それは変えようも救いようも無い現実ということになるからだ。 頭の痛くなるような現実を突きつけられ、ジョシュアは「はぁ……」とため息をつき眉間を指で抑えた。 エドワード 「これは余談だが、ライアンのやつも過去に一度試したことがあるようだ。」 ジョシュア 「………!!」 エドワード 「モーリスの女を口説いてその血を我が物にしようとしたが……身体が見事にその血を拒絶したようだ。」 ジョシュア 「貪欲なあの兄貴らしいな。」 エドワード 「……あの少年、彼はミイラなどではないな?お前も試したのか?」 ジョシュア 「……なぜそれが分かった?」  ジョシュアのその驚いた表情からして予感は的中しているみたいだ。トントン…と灰を落とすエドワードは呆れたようにこう言った。 エドワード 「……匂いで分かる、あの甘い匂いはエルフ独特のものだ。」 ジョシュア 「一度だけ味わった……そんで死にかけた。」  そんな告白に父は動じる事無く「そうか」と頷き葉巻をくわえた。 エドワード 「そうか……お前も相性が悪かったか。血を飲む者だけではなく、その血を所有する個体にもよると聞く。要するにあの少年の血は害であっても、どこか他にお前の体と相性のいいモーリスの個体が居るかもしれないという事だ。この広い世界の中で極わずかにしか存在せぬ者達の中から自分と合う個体を見つけるなど奇跡よりも確率が低いだろうがな。」  その時、ガタ……と扉の向こうから音がした。不審に思ったジョシュアがセンスを使おうと前を向くと、その何者かを追ってエドワードは既に部屋から居なくなっていた。

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