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第三話 哀しき愛の子守歌 3
もうかれこれ一時間ほどは続いている、それどころか先程より酷くなってきているのは明確だ。寒さでジョシュアの身体がカタカタと震えていることにライアンが気付いてからもう一時間以上は経過している。秋前のポカポカとした陽気が続く季節の中で久々の大雨を伴う嵐がこの地域へと辿り着いた。気温は変わらず生温いまま、ガタガタと震える寒さでは決して無い。
ジョシュアの身体に何か異変が起きている事にはもうとっくに気が付いていたライアンであったが、問題はこの限られた環境の中でどう行動すべきかだ。
ライアン
「ジョシュ、お前最後に血を飲んだのはいつだ?」
ジョシュア
「……。」
ジョシュアの顔色が真っ青になっている。ここから屋敷まで四キロ以上は離れている、途中で彼を背中におぶって歩くとしても雨に打たれて彼の体温はどんどん下がっていくだろう。何より彼自身が体の震えを制御出来ていない時点でもう時間が無い、今すぐに栄養を補給しなければ彼は確実に意識を失う。大雨で森の生き物たちは皆巣穴に隠れてしまっているため、見つけ出して狩るのも容易ではないはずだ。
ライアン
「仕方が無い……。」
ジョシュアが「よしよし…」と撫でている子狐の襟を掴み、鋭い爪をその首に当てた。こんな汚れ仕事までしなければならないとは……臆病な弟を持つと苦労をするものだ。
ライアン
「ジョシュ、目を瞑っていろ。」
ジョシュア
「ちょっ……何してんの?やめろ!放せ!!」
ライアン
「お前はヴァンパイアなんだぞ!いい加減に目を覚ませ!!」
ジョシュア
「いやだぁあああ!!」
キャン…!と叫んだ子狐は大量の血を流しクタっとしたまま動かなくなった。その血を口にする兄が怪物のように見え、吐き気が襲う。草むらに突っ伏したまま嘔吐するジョシュアの背中を撫でるライアンの手をパシン…!と払い軽蔑の目で兄を見上げた。……その眼には憎しみがじわじわと溢れている。
ライアン
「お前も飲め。嵐がいつ明けるか分からない……栄養を取れる内に取っておけ。」
ジョシュア
「……二度と触るな!!この悪魔め!!」
声を張り上げたその時、酷いめまいがしてふらついた……体温が著しく低下しているのだ。そんなジョシュアの身体のサインをライアンは見逃さず、嫌がるジョシュアを穴倉まで引きずるように連れ戻した。
ずっと可愛がっていた子狐の血の匂いが辺り一面に充満している……悲しみと悔しさの涙が止まらず、子狐の亡骸を視界に入れないように背を向けた。
この様子では死んでもジョシュアはこの狐の血を口にしないだろう。そう悟ったライアンは狐を掴み口一杯にその血を吸い込むと、背を向けて泣きじゃくるジョシュアの身体を無理矢理に押さえ付け、口移しで強制的に狐の血をジョシュアの喉に流し込んだのだ。
最初は暴れて抵抗していたジョシュアだったが、最後は諦めたように自らその血を飲み込んでいた。
……もういいだろう、空になった口を離そうと起き上がるライアンの後ろ髪を掴み、ジョシュアは再び兄にキスをした。
ライアン
「……!!」
それは彼の唇を求めた訳では無く、ずっと可愛がっていた子狐の味を、その匂いを忘れないためにせめてもう少し味わっていたかったからだ。その血がこの喉を通る度に一緒に過ごした日々を思い出す。キラキラとジョシュアの頬を伝う涙が穴倉の中で切なく輝いた。
仕方が無いとはいえ、申し訳ない事をしたと罪悪感を感じていたライアン。だが弟の命に関わる以上は決断せざるを得なかったのだ。不思議なことに、必死にこの口の中をまさぐるジョシュアのその小さな舌に対して嫌悪感は抱かなかった。ただ可哀そうに思えて、ライアンはジョシュアの気が済むまで好きにさせてやった。臆病者で心優しくて、だがその虚弱で儚い心にはしっかりと芯があり決して崩れはしない。ヴァンパイアの中で密かにターナー家の出来損ないと噂されているジョシュアは、ライアンにとっては自慢の弟だった。……弟のままで居られたのなら幸せだっただろう、二人の兄弟愛はこの日を境に少しずつ道を逸れていってしまったのだ。
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