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第三話 哀しき愛の子守歌 4
雨が止み、ずぶ濡れの姿で屋敷に戻った二人は無論、父からこっぴどく叱られたのは言うまでも無い。玄関に一番近い部屋である客間で父から説教をされている時にライアンはふと不思議に思ったのだ。いつも自室である書斎に居る父が客間に居るのはあまりにも不自然である。そう思ったライアンが客間の大きなテーブルの上にある灰皿に目をやると、そこには葉巻の灰が山積みになっている。……どうやら玄関に一番近い部屋で自分達の帰りをまだかまだかと待っていたらしい。冷血の殺し屋が実は家族思いのパパだと知れたら彼の仕事は激減するであろう。
エドワード
「何がそんなに可笑しいライアン!!」
ライアン
「……いや、別に。」
父からのお叱りは実に三時間にも及び、やっとの思いで解放された二人は各々自室に戻りシャワーを浴びた。「ジョシュアは大丈夫だろうか?……ショックで自ら命を絶ったりはしないだろうか?」考えている内に居ても立っても居られず、ライアンはタオルを首に掛けたままジョシュアの部屋の扉を開けた。
ライアン
「……ジョシュ、平気か?入るぞ。」
ジョシュア
「……。」
ジョシュアからの返答は無く、部屋に入ったライアンが室内を見回すと彼は既にシャワーを浴び終えベッドの上でこちらに背を向けたまま横になっていた。……当分の間は口をきいてくれそうに無い。トスっとジョシュアの隣に腰を降ろし、まだ濡れたままの髪を乾かしているとジョシュアがボソ…っと何かを呟いた。だがライアンはその言葉を上手く聞き取れず、弟の顔へと耳を近付け「何て言ったんだ?」と問い掛けた。
ジョシュア
「……まだ、血の味してる?」
ライアン
「……。」
ほんの僅かに血の匂いが残っているくらいで、味わえるほどにはもう残ってはいない。だが今のジョシュアにそれを伝えればまた深く悲しむだろう。……嘘とは必ずしも人を傷付ける訳では無いのだ。
ライアン
「……あぁ、少しな。」
それを聞いた無垢なジョシュアはガバっと勢いよく起き上がり、ライアンの唇を見つめた。深く考えてはならない、彼が兄だという事も、そして彼が男だという事も。
あの洞穴では確かに、あの子狐のことを忘れたくなくて無我夢中で彼の唇を求めた。何も言わず、拒みさえせずにいる兄の寛大な心に甘えてしまったのだ。……兄の口にあの子狐の血の味がもう残っていない事など、ジョシュアには初めから分かっていた。それならば今彼を求めている理由とは何か?
部屋の隅に置いてあるスタンドランプ、その中の一台だけがゆらゆらと灯している薄暗い明かりだけを頼りに、ベッドの上で互いを見つめ合う二人。「ライアン、僕……」きっと間違っているであろうその感情に戸惑いを隠せずにいるジョシュアが、弱々しいその小さな声で助けを求めた。
ライアン
「何も言うな、分かってる。」
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