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第四話 守らねばならぬもの 9
男の前方をしっかりとダニエルが見張っている限り、後方を見張るこちらがそこまで気を張る事も無いだろう。あんな少年だったダニエルが自分の力でのし上がり、一時はゴーダを仕切り、今ではモズの一員としてどんなに小さな仕事も気を抜かずに上手くこなしている。……どんな気持ちになるだろうか?彼があの真実を知ってしまったら。
-数日前-
リー
「ダニエルにはまだ……?」
一本の白い鈴蘭をその手にもち、ドーナの部屋の扉を閉めた。食器棚の隅に置いてあるその小さなガラスの花瓶には、もうホコリが被っている。花が活けられず空っぽのまま、それ程の月日が流れたのだ。リーはその花瓶を持ち出して水でよくゆすいだ後にコポコポ…とその中に水を注いだ。以前に彼女の護衛をしていた頃、こうする事がリーの朝の習慣であった。
ドーナ
「その事についてはお主からあやつに告げてやると良い、私が言うよりも喜ぶであろう。……懐かしいな、以前もお主はそうやって、私の好きな花をこの殺風景な部屋に飾ってくれていたな。」
リー
「えぇ、ダニエルには私から告げておきます。……ドーナ様、申し上げなければならぬ事が……」
ドーナ
「ダニエルには言うでない。」
リー
「………。」
……さすがケルスだ。こちらが言わずとも、もう既に把握していたとは驚いた。水を得て嬉しそうにしている鈴蘭の可愛らしい丸々とした花にそっと指で触れるリーは、ふと思うのだ。なぜ世はこんなにも、ダニエルに厳しく冷たい風を浴びせ続けるのだろうか?元々身寄りのないその身で、与えられた愛を受け入れ、真っ直ぐに育ち、守りたいものを守り切れずに愛する者まで苦しめ、それ以上に自分自身を苦しめ、それでも信じることを諦めずに生きようとしているダニエルに、なぜ……神はこうも残酷なのだろうか?
リー
「あの者達の処刑はこの私が担います。」
先輩として他に、何もしてやれる事が思いつかないのだ……このくらいしか。あの若さで彼が今までに経験してきたその苦しみも悲しみも、代わってやることなど出来やしない。だが、これから経験するであろう苦労を代わりに背負ってやる事ならこんな自分にでも出来ることだ。乾ききっていたこの心をあの時、満たしてくれた我が主。そんな彼女にとってかけがえのない存在であるダニエルは、リーにとってもまた、かけがえのない大切な存在なのだ。
だがそんなリーの思いやりを、主はきっぱりと却下した。
ドーナ
「いいや、それは予定通りダニエルにやらせる。」
リー
「……しかし……」
ドーナ
「私はあやつの親だ。私以上に誰があやつを分かってやれると言うのだ?」
リー
「………。」
こうも言われてしまえばリーに返せる言葉などあるまい。リーにとって主の言葉は絶対で、そして彼女の言う通り、ドーナ以上にダニエルを理解できる者など他には居ないのだ。
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