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第五話 額縁からの眼差し 2
「……たった今、あの者を捕らえました。ジュディに尋問を始めさせる前に一度神堂の方へと連行致しますか?」
依頼から戻ったウェバーからそう告げられたのは、まだ夜が明けたばかりの薄暗い朝方であった。既に起床していたグリフィンは自室のソファーに座りコーヒーをすすりながらその知らせを待っていたのだ。
グリフィン
「……いいや、ジュディに尋問を掛けさせてからで良い、メンバーにはわしから伝えておこう。」
ウェバー
「……ドーナ様には……」
扉を挟んで隣に位置する寝室を一度視界に入れると、再びウェバーにその視線を戻して「寝かせといてやれ」と首を横に振った。
レイクの件があってから、グリフィンとドーナは互いの背中を見張り合って暮らしている。この一件が解決するまでは単独行動を控えるようにと会議で取り決めがあったからだ……そしてそれはケルスのどのメンバーもまたしかり。
報告を終えたウェバーに「ご苦労だった」と指で合図をしようとした時、部屋の隅から声がした。
ドーナ
「……そうか、ついにこの時が来たか。」
それは二人の声で目を覚まし、寝室からこちらの部屋へと瞬間移動をしたドーナであった。ウェバーの視界に入った彼女のその滑らかな足は何も衣類を纏ってはおらず、生身のままむき出しになっている。ウェバーの視線がつま先から膝へ、膝から太腿へと上がってゆく……。そしてその視線がとうとう胴体へと辿り着いた時、彼の瞳孔が驚いて萎縮 した。
ウェバー
「……ドーナ様?」
「ふふふ…」いつものようにクスクスとこちらを嘲笑 うドーナがその身に纏っている衣服を見つめるウェバーが唖然としている。丈の短い毛糸のショートパンツからは透き通る様に滑らかな足を大胆に見せ、だぼっとしたゆとりのあるセーターのフードにはテロっと可愛らしい大きめの兎 の耳が垂れ下がっている。まるで幼い少女のような恰好をしているこの者は紛れもない、この死神界を牛耳 る死神のトップの一人、ドーナだ。
ドーナ
「どうだ可愛いか?耳も付いているのだ。」
てろてろとわざと耳を揺さぶるドーナを見て呆れた顔をしているグリフィンは、どうやら彼女のこの姿には見慣れているらしい。
「とても可愛いです」いや、それではあまりにも軽々しい口調だ、何と言っても相手はケルス……言葉を間違ってはならない。ならば「よくお似合いです」と言うべきか?いや、それではまるで動物と同一視しているようで失礼にあたる。一体どんな言葉を掛けるべきなのだろうか?あまり考えている時間も無さそうだ……そもそも今回ここへ来た訳とは何だっただろうか?そうだ、あの重大な事を伝えに来たのだ。
ウェバー
「ドーナ様、お伝えしなくてはならな……」
ドーナ
「ダニエルが子供の時にプレゼントしてくれたのだ。初めて着る時には緊張したものだ。」
ウェバー
「……は、はい。」
ドーナ
「触り心地がなんとも気持ちが良くてな、今では気に入っているのだが……」
ウェバー
「……?」
段々と元気が無くなっていくドーナの表情に困惑したウェバーは、心配そうに彼女の言葉を待ち続けている。着ているセーターの脇腹を指でいじるドーナの困った表情が、これまた垂れ下がった兎の耳と良くマッチしていて、それはまるで困っている野ウサギに野原で偶然遭遇した時のように「助けてあげなければ」ウェバーをそんな不思議な感覚にさせたのだ。
ドーナ
「ここが破けてしまったのだ、木の柱のささくれに引っ掛けてしまってな。お主、裁縫 はできるか?」
ウェバー
「え、えぇ。この私で宜しければお直し致します。」
そう答えると、ドーナは再び柔らかな表情を取り戻したのだった。飲み干したコーヒーカップをゴトっとテーブルに置いたと同時に、グリフィンは声のトーンを幾らか下げて、こう話し出した。
グリフィン
「尋問に術を使う事を許可する、一週間与えるとジュディに伝えろ、そ奴の持つ全ての情報を吐かせるのだ。一週間後の夕暮れに連れて来い、神堂の全ての席は埋まっているであろう。」
ウェバー
「……はっ。」
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