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第六話 ここから先は、後戻りは出来ない 2

狼男 「…あっちの方から似たような匂いがする、行ってみよう。」  クンクン…と(しき)りに周囲の匂いを嗅ぎ分けていたウェアと獣は、小道から外れた藪の向こう側から僅かながらに漂う探し求めている匂いを感じ取り足を止めた。匂いを追って小道を外れたウェアに続いて行く一行であったが、たった一人だけ立ちどまったままこちらを見つめている者がいる。その者はそこから先に行きたがらず、「お前達だけで行っておいで。」そう言って手を振っているのだ。 ミイラ男 「どうしたの?何でお前は来ないの?」  恋人からのそんな質問に、その者はこう答えたのだった。 ドラキュラ 「ちょっと思い出したくない事があって、それが昔にこの先で起こったんだ。」  「またいつも通りふざけているのだろう」そう思っているウェアだったが、クリスは違った。ジョシュアのその表情は演技ではなく、彼が何かに対してとても強い不安を抱いているようにクリスの目には映ったのだ。ジョシュアの身にその昔、何が起こったのだろう?自分の知らない昔のジョシュアの事を知りたい衝動と、誰よりも彼を分かってあげられるからこそ放って置いてやるべきだという思いやりとが対峙する。 ミイラ男 「お前が行かないなら、俺も行かない。」  いつもそう、彼は全てを包み込み、こんな面倒な自分の傍に居てくれるのだ。何も聞かずにこちらをじっと見つめるクリスの瞳に隠し事をしている事が申し訳なく思えてジョシュアはその場で皆に打ち明けた。 幼い頃に可愛がっていた子狐がいて、その子狐はジョシュアが生まれて初めて心を許せた相手であったこと、ある嵐の日にその子狐を殺めてその血を(むさぼ)ったこと、元々あった吸血に対する嫌悪がそれを機に更に強まったこと、そしてそれがララ達を助けたいと思えた本当の理由であること。 狼男 「それがこの先で起こったのか…そりゃ行きたくないわな。」 ジョシュア 「そのママさんよりも強い獣はこの森にはいないだろうから俺が行く意味も無いだろうし、何かあったらウェアとジュリアで守ってやって。ジュリー、ウェアを頼んだよ。」  「かしこまりました。」礼儀よく頭を下げて主の命令をきいたジュリアはウェアと獣の後について行った。隣で同じように彼らを見送るクリスに「行かないで良かったの?」と再度確認するとクリスはこの手を優しく握り、微笑んでこう言って見せたのだった。 ミイラ男 「ジョシュ、俺がいるから大丈夫だよ。」  開きかけてしまった狐との思い出の蓋。もしクリスがあのまま行ってしまっていたら、今頃自分は正気を保っていられなかったのかもしれない。ジョシュアの心の動揺を何も言わずとも理解してくれたクリス、そんなかけがえのない存在に出会えたこと、その奇跡にジョシュアの心の中では涙が(にじ)んだ。あの時に失った狐の命、だがあの出来事がもしかしたらこの運命を少しばかりか変え、その結果クリスに巡り合えたのだとしたらそれはあの出来事のお陰なのかもしれない。もし仮に、運命には絶対に従わなければならない定めがあるとして、そのうちの一つが何かを得るためには何かを失わねばならぬ、そんな掟であるとしよう。 「ごめんね。」ジョシュアは素直に心の中で狐にそう謝った。なぜなら… ドラキュラ 「クリス、お前に出会えて本当に良かった。」  もしクリスという大切な存在に後に出会えるのだと事前に知らされた上であの頃に戻れるのだとしたら、自分は再び狐の死を見届けてその血を飲むのだろうか?もう既に死んだ狐と自分以外に、その答えを知りたがる者などどこにもいやしないのだ。そう、それは庭先の森の中で抱きしめ合い口付けを交わす弟の姿を自室の窓から眺めている兄にとっては尚更である。

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