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第六話 ここから先は、後戻りは出来ない 3

 「連れて行きたい所がある。」そう言ってクリスの手を引き馬車に乗ると、ジョシュアは御者に「ノースバレーまで。」と伝えた。 名前の通り山と山の間の渓谷に築かれたその町は、かつては大勢の町人と町へ来る旅人とで大変賑わっていたものだ、だが実際に到着したその町はすっかり寂れてゴーストタウンと化していた。迷う事なくその足が向かった先では店主が釜戸に薪をくべ、火の調節をしながら台の上で生地をこねている。その男は開かれた扉のベルで久々の来客かと顔をあげた。 「……まさか、お坊ちゃまか?」 ジョシュア 「やぁおじさん、久しぶりだね。キャシーおばさんは?」  ジョシュアからのその問いに、その男は寂しそうに首を横に振ったのだ。 この町で唯一のパン屋であるこの店の店主であるジョージ、そしていつも明るい笑顔で夫を支えていたこの店の看板娘であった妻のキャシー。そのキャシーは十年ほど前にこの町で流行り始めた伝染病にかかり、見る見るうちに衰弱していったという。 たった今焼き上がったばかりのパンと温かいコーヒーでジョシュアとクリスをもてなすジョージは涙を浮かべ、悔しながらにそう語った。 ジョシュア 「そんな、キャシーおばさんが…」  屋敷が直に取り寄せているのもこちらのパンで、ジョシュアの大好物の一つである。幼い頃から街へ遊びに来る度に顔を出すジョシュアを、キャシーとジョージは大層可愛がりその度に焼き立てのパンを両手が一杯になる程に与えていた。あの笑顔は今でも鮮明に覚えており、あの優しい笑顔をもう二度と見れないのだと思うと心にぽっかりと穴が空いてしまったように感じる。 あれほど気丈で病気になど掛かりはしなかったキャシーの命を簡単に奪ってしまえる程、例の伝染病は凄まじい力を持っているのだとジョージが言った。この町の住人の半数以上がもう既にその病から逃げるようにこの町を出て行ってしまったのだと。「おじさんは出て行かないの?」心配そうにそう聞くジョシュアにジョージは落ち着いた表情でこう答えた。 ジョージ 「この店は俺とキャシーの子供だ。俺が守ってやらねぇと、天国に行ったキャシーが安心出来やしねぇからな。伝染病は怖ぇよ、怖ぇけどキャシーを悲しませちまう事の方が俺にとっちゃもっと怖ぇのさ。それに、坊ちゃまの好きなパンを焼き続けなきゃならん使命もあるしな!」  涙を指で拭いながら、ジョージはそう言って微笑んだ。ここのパンがどこよりも美味しいのは、この店の愛情がたっぷりと練り込まれているからなのだ。 紙袋に入りきらない程沢山のパンを手渡すと、ジョージは店先から手を振って二人を見送った。何度も振り返って礼をするジョシュアと同じ様に手を振りながらクリスはこう言った。 ミイラ男 「凄く優しい人なんだねジョージさんって、俺あの人大好き!…でもキャシーさんのことは気の毒だったね、ジョシュ……。」  「そうだね。」涙を堪えて貰ったパンを口に詰め込んだ。その味はあの頃と変わらず、ふわふわでほんのりと甘くて……ポタ、ポタ……と零れる涙が唇の中に入り込み、パンが少しだけしょっぱくなった。ゴーストタウンだから気にしなくてもいいか……ここに居るのはクリスだけだから、ちょっとの間だけいいかな。小柄ながらもしっかりとしたクリスの肩で、ジョシュアはモグモグと口を動かしながらキャシーとの思い出に浸りながら泣いた。「パンまだ一杯あるよ。」そう言って背中をさするクリスの前で、いや、クリスの前でだからこそジョシュアは素の自分のままで泣きじゃくった。 ほどいた肩の包帯でそっと涙を拭いてくれるクリスの優しさに「ありがとう」そう言って彼の頬をなぞり、「愛してる」心からそう伝えてキスをした。 ミイラ男 「うん、僕も……」 ドラキュラ 「……?」 ミイラ男 「僕も、愛してるよ……ウィル。」  

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