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第六話 ここから先は、後戻りは出来ない 4
ドラキュラ
「クリス?……おい、クリス!」
ミイラ男
「……え?今俺何か言ってた?」
たった五秒前の記憶が無いらしく、おどけた顔でそう聞いてきたクリス。「いや、何も言ってないよ。」知らない男の名前だけならすぐにそれが誰なのかと問いただしただろうが、あの時クリスは自分を僕と呼んでいた。何かが彼の中で起きている事は少し前から勘付いていたジョシュアであったが、今はきっとこれ以上悩み事を増やすべきではないとその事柄に蓋をしたのだった。二人が軽食を取ろうと入ったバーでは馴染みの顔のマスターが今でも店の切り盛りをしていて、久しぶりにジョシュアの顔を見たマスターが二人に酒を奢った。出されたビールを一口飲むと、クリスはその味の旨さに口を抑えて目を丸めた。
ミイラ男
「……うまっ!!」
「だろう?この地でしか栽培してない麦とホップでできてるんだ、だから他では絶対に味わえないヴァンパイア界のビールさ。」
ドラキュラ
「同じくここで採れるブドウだけで作られたワインがって、その味も抜群!吸血鬼の涙って言うんだけどね。」
そのあまりの旨さにいつもよりも飲みっぷりの良いクリスはゴクゴクとビールを喉に流し込み、あっという間に一杯を飲み切ってしまった。「もうちょっとゆっくり飲みなさいよクリス君。」と眉を困らせクリスのビールのお替りを頼もうとした時、横から腕がスっと伸び、その手はジョシュアの代わりにクリスのビールのお代をカウンターに置いたのだった。
「その子の分も、これで。」
そんな行動にジョシュアとクリスは「一体誰が?」とその腕を辿って正体を確認した。明るいアッシュブラウンの長い髪を一つに束ね、耳にはシンプルなサファイアの大きな玉が付いたイヤリングを飾っている。声のトーンは幾らか落ち着いてはいるが男性のように低音では決して無い、この者は女性で間違いないだろう。「わざわざどうも。」とクリスのビールのお礼を伝えたジョシュアに、彼女はにっこりと微笑んで頷いた。
ミイラ男
「旅の途中ですか?」
「うん、もう着いたも同然だけどもね。」
ジョシュア
「この街に用が?」
その口調からして彼女の目的地はこの周辺であるようだ。だが先程ジョージから聞いたように、謎の伝染病のせいでこの街のおおよそ半分は店を畳み、住人ももう数え切れる程しか残っていないのだ。こんな寂れた街に、彼女は一体何の用事があるというのだろうか。
「知り合いを訪ねて来たんだが、ここのビールを飲まずして行く訳にはいかないよね。」
この者もクリスと同じようにここのビールが好物らしく、出されたビールのジョッキの取っ手をがっしりと掴むとビール好き同士、クリスと乾杯をした。
ミイラ男
「俺、この街に来たのは今日が初めてなんだ。ジョシュが連れて来てくれて色々と案内してくれたんだけど…こんなゴーストタウンみたいになっちゃって何だかもったいない気がするよ、だって俺この街がすごく好きだもん!」
「そうかい。つい四年前まではこんなじゃ無かったんだけどね…このまま何も対処をしなければ間違いなくこの街は滅びてしまうだろう。ここのビールが飲めなくなるのは惜しい話だ。」
ジョシュア
「…お宅はどこの出身で?」
「サウスラピッズだよ。」
その地名に聞き覚えがあるのか、ジョシュアは「ふぅ~ん」と薄い反応をしてワインを口にした。「お前そこ知ってるの?」と隣に座るクリスから問い掛けられ、ジョシュアはこう返した。
ジョシュア
「兄貴の知り合いが住んでる街だよ。」
ミイラ男
「ライアンさんの知り合い…?」
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