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第六話 ここから先は、後戻りは出来ない 9

魔女 「てっきりあんたって悪い奴だと思ってた。」  薬指の取れかけたネイルを眺め、リリはそう話し掛けた。 トニー 「俺はただ、ボスにはボスのままでいて欲しいだけだ。あんな陰険な組織に関わるなどボスらしくない、必ず何かが隠されてるはずなんだ。」 魔女 「信頼してるはずの手下にさえ本音を漏らさないような奴なの?あんたのボスのヴィックスってのは。」 トニー 「ヴィックスさんが仲間を…ましてや昔に背中を預け合ったダンテのメンバーやライアンさんを裏切るなんて到底思えない…」 「邪魔しちゃ悪かったかな?」 魔女・トニー 「……?!」  急に背後から響いたその声に、二人は身構えをして辺りを見回した。警戒するトニーの横で腕を組み仁王立ちするリリはその謎の声に向かってこう言った。 魔女 「遅かったじゃない…どこの女引っ連れ回してたのよ!」  スゥーっと透き通った物体が段々と実体化してゆき、その黒ずくめの者はフ…っと不気味に笑みを浮かべながらリリ達の前に姿を現した。 死神 「…死神に隠れて浮気とは良い度胸じゃねぇか、仕置きの覚悟は出来てんのか?」 トニー 「死神だと…?」 魔女 「待ちくたびれてシワが増えそうだったから良さげな男と遊んでただけよ、何が悪いの?」 死神 「今更シワの一本や二本増えた所で気付きやしねぇよ。」 魔女 「焼き殺すわよ?」  ゴホン…とわざとらしく咳払いをしたトニーが説明を求めている。はぁ…と大袈裟にため息をつきながらリリはトニーにダニエルを紹介したが、「どうも。」と手を差し出すトニーを見据えたダニエルはその手を取りはしなかった。「不愛想ね、握手ぐらいしなさいよ。」と注意するリリに「こいつは信用するな。」と言い残し首から下げたネックレスの紐をリリに見せつけると、ダニエルはスゥー…っと消えていった。 魔女 「…ちょっと、待ちなさいよ!」 トニー 「いかにも死神らしいって感じだね。」 魔女 「全く、やってらんないわ…自分勝手にも程があるっての。」  ダニエルの態度について詫びをし、明日の朝戻るとトニーに伝えたリリは小走りで街角の人気の無い場所へと移動をした。ネックレスからぶら下がっている青い宝石が示すのは、見渡す限りに広がる景色…どこかとても高い場所から街や周辺の森を見下ろしている、そんな角度だ。リリが辺りを確認すると、唯一街の中心部にある時計台が思い当たった。果てしなく続く階段を上り切った最上階ではステンドグラスの向こう側で巨大な金属でできた秒針がガシャン…ガシャン…と大きな音を立てて回っている。息を切らしたリリが深呼吸したその瞬間、ふわっと馴染みのあるフワフワな黒い生地がこの身体を包み込んだ。その匂いも肌の感触も…その全てをこの身体がしっかりと覚えている。特別何かを思い浮かべた訳でも、その声を耳元で聞いた訳でもないのにこの頬には大粒の涙が伝った。 魔女 「…ずっと、あんたに会いたかった。」 死神 「俺もお前に会いたかった。」

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