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第六話 ここから先は、後戻りは出来ない 10

 この言葉を聞いたお前は一体どんな反応をするだろう。俺がもし、お前の妹じゃなくてあいつを…。 死神 「リリ、お前は傷付くかもしれない、だけど言わなきゃいけない事がある。」  「何よ改まって。」らしくないとでも言いたいのか、彼女はそんな風にあしらった。…いいやもしかしたら、この自分の口から出てくる絶望の言葉にもう彼女はウンザリしているのかもしれない。傷付けまいと必要以上にリリの心境を探るダニエルに、リリは催促してこう言った。 魔女 「妹が死んでるんだから、もう今更何が起きても驚きはしないわよ。」 死神 「ウィルが……生き返った。」  その長い沈黙は、静寂でありながらも多くの意味や感情を含み、それを言い出した側と聞き入れた側、ダニエルとリリ双方の心にずっしりと重りをのせたのは言うまでも無い。花びらの舞い散る久方ぶりの感動的な再会から、次の瞬間には地獄の獄炎の上でのたうち回ることになろうとはさすがのリリも想定してはいなかったはずだ。彼女は特別、感情を取り乱したりはせずに「そう。」とだけ返事をしたのだが、ダニエルにとっては感情任せに泣きわめいてくれた方が助かったものだ。 死神 「お前に説明しなきゃならない事が山ほどあるんだ。数えきれない程の誤解とそれから…」  誤解…?ずっと共に戦ってきたカールが長年スパイであった事にも気付かずに、ルドルフ達の言った誤解の言い訳を親であるドーナやグリフィンの言う事だからと鵜呑みにして、結局はあの者達もこの自分にカールの事を黙っていたのだ。初めてだ、今まで誇りに思ってきた死神という自分に恥を感じたのは。もしやこの自分という存在さえも偽りなのだろうか…?ダニエルは自らの掌てのひらをそっと広げ、ポタ…と落ちた雫をただただ眺めているだけである。 魔女 「何があったの、言ってごらん。」  涙で濡れたダニエルの手を小さな両手で優しく包み込み、彼の顔を見上げてそう言った。闇に埋もれた心に光がそっと満ちてゆくのを確かに感じることができる。彼女は呪文を唱えた訳でも無ければ、何か特別な魔法を使った訳でもない…なのになぜ、これ程までに強力な力を感じるのだろう?そのエネルギーは体の隅々にまで沁み込み、冷え切ってしまった心が温まってゆくのだ。 死神 「俺が今までやってきた事って、何だったんだろう?」  これまで数え切れぬほど多くの魂を時に奪い、時に元ある場所へと戻し、この世の中に溢れ返る命のバランスの管理をしてきた彼。冷酷でいるほど仕事は捗はかどるのだろう、命を見送る度に涙を流していては、次の仕事に手を付けらないのだから。 死神は決して悪魔な訳ではない、それに気が付いたのはリリがダニエルという死神に出会った時だ。彼を知った事で、それまで抱いていた死神への概念が大きく変わった。彼らは他人を思うことができ、怒る事も笑う事もそして悲しい時に涙を流すこともある。ダニエルが時よりこうやってリリの前でだけ弱音を吐くことがある。いつも冷静でいる彼がこうして弱っている時、正直甘やかしてやりたいと思ってしまうのは魔女だからなのだろうか。 心の奥底で「どうしてウィルなの?どうしてアレンじゃないの?」と拳を握り歯を噛みしめる自分が居ないと言えば噓になる。ウィリアムが彼にとってかけがえのない大切な部下であったことは重々承知しているが、これだけ長い間苦しんできた自分を彼は身近で見てきたのだ……素直に悔しいと思った自分に嫌気がさした。アレンはこんな姉を見てどう思うだろうか?失望するだろうか? 魔女 「あたし達ってほんと、どこまでも惨めね。」  ”お姉ちゃん、あたし…好きな人できちゃった!”  ウィリアムを生き返らせる事、それはアレンの最期の望みであった。 「…そうか」リリはこの時に理解したのだ、なぜダニエルがウィリアムを蘇らせたのかを。それは部下であるウィリアムが恋しかったからでは無い、彼がウィリアムを蘇らせたのは、いつだって大好きな妹のアレンの願いが叶うことを願っていた、この自分のためだったのだ。彼はその決断を、この自分のために下したのだ。…そんなに心優しくては、死神など務まる訳が無いではないか。  ”この前初めて、ウィルと手繋いじゃった…!” 魔女 「…あんたがそんな弱気じゃ、誰がウィル君の手を引いてあげられるのよ。」 死神 「……?」  ”あたし、ウィルのことを……” 魔女 「誰があの子に笑顔を思い出させてあげられるの?誰があの子を…」  ”愛してる。” 魔女 「…アレンが愛したみたいに、あの子をもう一度愛してあげられるのよ!しっかりしなさい!!」  ……またその顔だ。俺はまた、お前をそんなしわくちゃな顔で泣かせちまった。もうあの時で懲こり懲ごりだったのによ。…ウィルを生き返らせたルドルフの本当の狙いは何だ?赤子の居場所か。もうこれ以上ウィルにもリリにも辛い思いはさせられない。俺が守ってみせる、全ての悪から。 死神 「リリ。」 魔女 「……?」  つい先ほどまで先が見えずに生気を失っていたダニエルの瞳に光が戻っている。 死神 「ケルスを敵に回すかもしれないと言ったら、お前は怖いか?」  「愛してる」もうその言葉は必要ないだろう、なぜならこの想いは愛などよりも強く深く揺るぎないものなのだから。

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