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「あの日、お母さんに筆箱ごと抜かれてて僕は絶望してたんだ。そんなに高校行って欲しくないならもう諦めようかなって……」  俺はほとんど覚えていないが宮部の話でぼんやりと思い出す。  机に受験票だけ出してため息を何度も吐いては項垂れていた男を。 *** 「これ、使っとけ」  その机にシャーペンと消ゴムを転がしてやると男はパチパチとそれを見てからこっちに体を向ける。 「え……そんなの悪い……」 「いいんだよ!何かめっちゃ持たされてるから」  姉ちゃんが大量に入れたシャーペンと消ゴムを見せると、男は目を潤ませて頭を下げた。 「いや、マジで気にすんな!むしろ、こんなにあっても邪魔だからやるよ!」  笑うと、男は慌てて首を横に振る。 「いいんだって!」 「でも……」 「いいんだよ!ちゃんと使う奴に使ってもらった方がそいつもだって!」  何度も頭を下げてお礼を言う男に笑ってやると、そのうちに教師が入ってきて試験の説明が始まった。 *** 「あの笑顔と何度も言われた“いいんだよ”で救われた気がしたんだ。僕も高校に通ってもいい。生きていてもいいんだって」  涙を堪えて笑う宮部を俺はただ見つめる。 「恩人だったはずなのにあの笑顔が頭から離れなくてあの日から何日もずっとドキドキしてた」  照明の僅かな光で見るメガネのない宮部の横顔。 「同じクラスに村瀬くんが入って来て、僕の後ろに座った時は……気持ちが爆発するんじゃないかと思って目が合わないように、声を聞いて舞い上がらないように、もう目の前の教科書を必死で読んだんだよ」  ふふっと小さく笑って宮部はこっちを向く。

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